陽炎:五話(終)

※一部性的な描写があります

「なあ、お前っていつオレを殺すの?」
ダブルのアイスを食べながらワダが言った。シオリは微笑んだ。
「どうして?」
「セックスに誘ってこないから。女ってヤることしか考えてないだろ?」
「だって、ワダさんかわいいから。えー?じゃ、わたしとセックスしてくれる?」
「それはやだ」
「ケチ」
「誰の依頼?」
シオリは素直に答えた。ワダには心当たりがある。あのねちねちした卑屈でケチで性格の悪い元依頼者だ。
「社会的に破滅したんじゃなかったけ?」
「そそのかしたの。ワダさんがほしくて」
殺し屋は依頼がなければ殺していけないことがこの世界のルールだった。ワダは顔をしかめた。
「ワダさんがあなたをはめつにおいやったの、ておしえたらすなおにいらいしてくれたから、そういうことでーす」
「結構殺すタイミングなかった?」
シオリはワダの顔をまじまじと見た。ワダはアイスを食べ終わる。
徐々にシオリの頬が赤らんでゆく。
「ワダさんとずっといたかったから…………」
「好きなの?オレのこと」
「だいすき」
「どの辺りが?」
「どうがにとられちゃうとこ」
「…………男の趣味悪くない?」
「さいこうだよ!」
ワダにとって恐ろしいことにシオリは本気だった。たぶん一生セックスするから見逃してくれとか言ったら聞き入れてくれそうだった。
「じゃあ服脱いで。股開いてオナニーしてるとこ、見せてくれたらチンポいれてあげる」
「ほんと?!?」
「嘘だよ…………」
「なんでそんなうそつくの?!!ちょっとはわたしのはだか、そうぞうした?おっぱい、おおきいし、ほら。ちくびもきれいだよ」
ていれしてるし、と言いながらシオリが脱いでいく。ふくよかな胸が露になる。つんと乳首は立っている。ワダが顔を向けるともじもじする。
「ぬれてきちゃった………いれなくていいから、みてて!」
「待って、待って、待って」
ワダはため息を吐いた。
「爪切ってないけどいい?」
「なんでもいい!てくびもはいるよ」
「いいよそれは………」
シオリが下着を脱いで、待ちきれないようにワダの手首を掴んで、指を入れさせた。そこは既に潤っていて、熱い。ぐいぐいとうねって、ワダの指を取り込もうとする。きしょいなーとワダは思った。必死に腰をかくかく動かして、シオリはいこうと必死だ。すぐにでも果てそうだった。ワダは指を複数いれて、動かした。
「あっ!あっ!それいい!いいっ!さいこう!わだひゃ、さいこ!あっ!あっ!」
それでイく前のシオリをワダは殺した。持ってたナイフで首を切ると、シオリは血を拭き出しながらそれでもイこうと必死だった。死ぬ前に果てたのだろうか?強いうねりがきて、そのまま止まった。ワダは指を引き抜いて、シオリの顔をみると歓喜の顔だった。恍惚した双眸の瞼を下ろした。手をシオリの着ていた服で拭う。
「だる…………………」
どうすんだろこれ、と女の死体にしてはシオリの死体は艶かしかった。趣味の人間に売ればいい金になりそうだった。シオリのことは、別に嫌いじゃなかった。まとわりついてきて、柔らかかったし、セックスも誘ってこなかった。かわいいぬいぐるみみたいなものだった。
でも途端に性欲を見せられて、嫌になってしまった。ぬいぐるみに腟がついているのは薄気味悪かった。

「依頼もなしに殺すのは、ルール違反でしょう」
誰もいない空間から声がした。知覚をすると、この辺りじゃ特別な魔女みたいな帽子と嘘みたいなマントを翻すその人がいた。ワダにとってスペシャルな存在だった。バツの悪い思いがした。
「見てたでしょう?オレはこいつにレイプされそうになって挙句殺されかけてたんですよ」
「そうでしょうか?」
「オレを処分しますか?」
「あなたは嬉しそうに見える」
「ええ、ええ!ずっと願ってきましたから。あなたに殺されたいって」
彼あるいは彼女はどこか辟易したように見えた。彼あるいは彼女が感情を表に出すのは珍しかった。ワダはひどく不安になった。
「……………ダメでしたか?」
「ダメというより、あなたは絶望しませんね」
「何故?」
「動画に撮られたことも、ランクEに落ちたことも、彼女を殺すところを私に見られたことも」
「何の問題が?」
ワダは益々不安になった。
「いえ、……………いえ、あなたはなにも悪くないのでしょう」
「オレはあなたの近くにいられれば、それでよかった」
「何故?」
ワダは言葉につまった。声が急にでなくなったみたいに、呼吸音しか漏れ出てこない。パクパクと口を動かしていたが、彼あるいは彼女は待っていてくれたようだ。もう一度、彼あるいは彼女は尋ねてくれた。
「何故?」
「…………………、すき、だから」
彼あるいは彼女は目を伏せた。
「彼女のエーデルワイスは好きでした」
「………それは、オレも」
嫌いじゃなかった。
「オレはどうしたらいいんですか?」
「何故?」
「あなたはひどく怒ってるみたいだ」
「怒ってなど………いえ、そうかもしれません」
「どうしたらいいですか?」
子供みたいにワダは聞いた。彼あるいは彼女の目玉はビー玉みたいだ、ワダはビー玉が好きだった。
「彼女を埋葬してあげましょう。それから、あなたは着替えて身なりをちゃんとして、今度は依頼を待つのです」
「オレを殺してくれないんですか?」
デフォルトは不意に戸惑ったようだった。
やがて諦めたように笑う。笑うというより息を逃がすみたいだった。
「私はあなたの才能を評価しています。それこそ嫉妬するくらいには」
ワダは雷に打たれたように震えた。
「じゃあ!なら、オレ!仕事がんばります」
「はい、そうしてください」
デフォルトは微笑んだ。ワダも嬉しくなって微笑んだ。
二人はシオリを埋葬した。ワダは自室に帰ってシャワーを浴び、服を着替えた。
それから上からの指示で、ワダはデフォルトと組むようになった。

ワダはいつも思っている。
蝋燭の炎がふっと消えたみたいに相手が死んでいくのを見るたびに、ああなりたいと願っている。

「とうとう諦めたのか?」
マスターは彼あるいは彼女に声をかけた。彼あるいは彼女は疲れたように笑んだ。
「彼を見つけて育てたのは、私なんですよ」
「知ってるさ」
「何でも知ってますね、あなたは」
「何でも知ってるよ、マスターだからな」
「なら、この気持ちは………」
「ーーギターなら貸せるぜ」
「……遠慮しておきます」

下手くそなギターが聞こえる喫茶店があったら、よく注意して欲しい。常連客たちはちょっと普通じゃないかもしれないから。でも、血の匂いはしないからすこし安心だ。店からはマスターお得意のブレンドコーヒーが香るだけで、依頼なしに彼あるいは彼女たちは決してあなたを傷つけない。
無論、どんな場合でも例外はあるにしても。

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