全年5月15日の投稿[1件]
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※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
「来週からコーヒー農園を見に行ってくるね」
と、彼女が言う。アクセを磨いてた手を止めて、顔を上げる。
「えっ、どこに」
彼女が名前を挙げたのは外国だったが、ぱっと聞いてどこの国か分からない。彼女がぎゅっと近寄ってきて、身を傾ける。いい匂いがした。スマホを操作して、ここだよ、と言ってもまだドキドキしていたけど、
「遠っ」
「うん、遠いよぉ。飛行機も乗り継ぐみたい」
「えっ、ま、待って。一人で行くのか?」
「ううん、みちるさんとひかりさんと」
二人のお知り合いが持ってる農場なんだって、と言う。ほあー。セレブな世界だ。詳しく根掘り葉掘り聞きたさもあったけど、
「……いつから決まってたの?」
「え?昨日だよ。だから今日実くんに話してるの」
ほら、とメッセージのやり取りを見せてくれる。すごすぎない?そういうやり取りって人に見せられるんだ。
「ふふ、いきなりでびっくりした?」
「そりゃもう……でも、パスポートはあるの?」
「うん、前にお父さんに会いに行ったから」
「あ、聞いた気がする……」
彼女の父親は海外赴任中で、時々会いにいくと聞いたことがある。日本に帰国してもいいけど、せっかくなら、ということで家族団らんも兼ねているらしい。
「…………」
大丈夫だと思う。あの二人が一緒だし、何より彼女のことを大事にしているから。
彼女の手を取る。喫茶店の仕事をしているから、指先は少し荒れていて、爪は短い。指の腹でなぞると、彼女がくすぐったそうに笑った。
「あのさ、カッコ悪いこと言ってもいい?」
「実くんはいつでもかっこいいよ♡」
「あっえっ、アリガト…………」
彼女がニコニコしている。うまく言葉にならなくて、引き出しを開けた。メイクボックスの隣。しまい込んでいた指輪がある。
「行く時、良かったら、これをつけて、いってくれると嬉しいデス……」
「……指輪?」
「ちゃんとしたやつじゃなくて、チープなやつなんだけど……でも、かわいかったから、前に買ってて」
「そうなんだ?いつ?」
「………高校一年の時」
「実くん、おしゃれだもんね」
「違うくて。美奈子……いいな、と思って、買ってたの」
「えっ」
「どう、かな」
「一年の時って、まだ」
「そう、まだ」
おもちゃみたいなオレンジ色のプラスチックのリングに、これもプラスチックのピンクのお花がついていて。その真ん中に、ピンクの濃い石がはめ込んである。石、というか、古いボタンを削ったような気もする。なんとなく、見たとき、彼女の顔が思い浮かんで買ってみたけど、あげるのは思いとどまった。そういう話をしたら、彼女は照れ臭そうに、嬉しそうに微笑んだ。
「有難う」
「……うん、ま、そーいうコトなんで」
「つけてくれる?」
「あ、はい………」
やべえ。ドキドキする。
彼女の手を取って、自分より小さくて、細い指が愛しくって握るようにして撫でて。彼女の瞳が期待を含んだように輝いていて、きらきらしてて。直視できなくなって、うつむきながら左手の薬指にはめた。
「えへへ」
彼女が手を開いて、指輪を見る。
かざしたり、手を傾けたり、いろんな角度から見ている。
高校一年の時ってこんな未来、思い描いていたんだっけ。まだ、秘密がバレて厄介だなあとしか、思ってなかった気もする。
「有難う、実くん。すっごく嬉しい♡」
「……うん。良かった。やっぱ、似合うし、スキ」
「うん、わたしも好き。大好き♡」
彼女の髪を耳にかけて、じっと見ると彼女が察してくれた。キスをして、眼鏡は相変わらず当たるけど、彼女がよく笑う。
「……わたしも何か返したい」
「え、いいよ」
「よくないです」
「あとでモールにでも行く?」
「そう…じゃなくて………」
む、と考え込んでしまった彼女の眉間を触る。
「もう!ちょっと待って」
「ヤダ。待たない」
またキスをすると、バタバタと彼女がかわいく暴れて見せた。
ぎゅーと抱きしめていると、
「あ、そうだ」
彼女が腕から逃れてゆく。
鞄を探って、取り出して見せたのは絆創膏だった。
彼女は真剣な顔をして、
「実くんの、手、借りるね」
「ドーゾ」
左手の指に絆創膏を巻くと、ペンでハートを描いた。
まじまじと見ていると、彼女はもじもじとする。
「えっとね、予約、のつもり……」
「予約?」
「指輪の……。一生分の………」
「一生分………一生分?」
「実くんの、ここにわたしの贈った指輪をずっとつけてもらうの!」
顔を真っ赤にした彼女は言い切った。
「ダメ、……って言ってもダメ、だから……ね!」
「……それって絶対?」
「絶対!」
「絶対。」
「絶対なの」
「それは、そのー……拒否られないじゃん」
「そうだよ」
「約束?」
「約束」
彼女が俺の顔を見た。
「……嫌?」
「なわけないし!!!!!!!!!」
語彙力が死んでいた。実際今も思いつかなくて、もう一度抱きしめた。キスして、それ以上もして、彼女は本当に来週旅立って行って、一週間ぐらい不在だった。喫茶店にはヘルプの人が来ていたけど、物足らなかった。
「nanaくん、それ、怪我したの?」
モデルの仕事中、仲の良いスタッフさんに言われて、咄嗟に口ごもった。外した方がいいのはわかっている。珍しく煮え切れない俺の態度に、努めて言葉を選びながら、事情を話した。
「かあっ」
「えっ」
「いや、えーと、そうだ」
結局、指輪を二つ重ねてつけることになり、気遣いに感謝した。彼女が帰国後、ずっと絆創膏をつけたままだった俺にびっくりして、かぶれちゃうよ、という心配をしてくれたし、仮の予約バージョン2ということで、シンプルな指輪を買いに行くことになるのはまた別の話。