2024年11月12日の投稿[2件]
#ライ観
欲しがる必要はなかったんだと思う。
二人で歩いている時、観2に声をかける人がいた。それ自体はよくあることだった、彼女の知り合いは多く、その上で彼女と親しかった。ライラックはそれを複雑に思わないと言えば嘘にはなるけれどそのことについて、嫌だとかやめてくれと言うようなことはなかった。
「あれ、観2じゃん!連絡くれなくなったのどーして?俺達相性よかったじゃん」
ただ、この場合親しさの意味合いは違ってくるように思う。その人はべらべらと喋り、どんどん彼女の顔は青ざめていく。浮気がばれたというようなことなら、怒ればよかったんだと思う。ライラックは知らずによく喋る人をじっと見つめ、いつまで喋るのか、本当に彼女の知り合いなのか、考えていたが、ライラックの顔は黙っていると威圧的で、人を寄せつけない雰囲気がある。怯えたその人は、えー?えー?なにー?なにー?とか言いながら立ち去っていった。
「あの…………」
「――すみません、」
「顔色が悪いですよ、休みましょう」
「いやでも」
「一息いれて」
「だから!」
「………」
「すみません、その、だから、」
覚えていなくて、と彼女は絞り出すような声で言った。
「お酒を飲まれて、とか……?」
「――じゃなくえ。すごく、都合がよく聞こえるのかもしれないんですが…………私、記憶がないところがあって、時々あったことを覚えてないんです」
「今、のことですか?」
「いえ、過去の………パラレル・フライト社の事務所に入る前の」
だからもしかして、本当にあったのかもしれなくて、それがこれから、またあるかもしれなくて。
彼女は頭痛がするみたいな顔で言う。
細くかすれた声で、それは不思議とライラックにだけ、届くみたいな声だった。
「今、あなたと恋人なのはおれですから。だから、平気です。心配しないでください」
ライラックは彼女の手を取った。
ゆっくりと握る。
「――ね、だからそんな顔しないでください」
「…………なさい」
「え?」
「ごめんなさい」
彼女が手を離す。
「ごめんなさい、ライラックさん」
駆け出して行く彼女をライラックは呆気に取られて、見送った。
*
それから、ライラックはどう家に帰ったかを覚えていない。彼女の荷物は残されたまま、彼女は地球に帰ったみたいだった。休暇を取って、3日は一緒に過ごせる予定だった。離れた星で暮らすライラックと彼女が一緒に過ごせる時間は貴重だった。一瞬、むくりと彼女に話しかけた相手に対して憎悪のようなものが沸いた、が八つ当たりであることは分かっていた。彼女が何にごめんなさいと言ったのか、分かるようで分からない。何が駄目だったのか。連絡も取れない。
だから、ゴロウに相談することにした。
酒の勢いも借りて、あったことを吐露するとゴロウは眉根を寄せ、酒臭い息を吐いた。
「そりゃお前なァ」
「はい」
「まぁ、色々あるよな」
「ど、どういう意味ですか」
「こういうのはよぉ、こういうのは、まぁ、直接観2に聞くしかないだろ?」
「そ、そうなんですけど、連絡が取れなくて」
「会いにいきゃいいだろ?」
「会ってくれますか?」
「わかんねぇだろ、会いにいかなきゃ」
「会いに」
行ってもいいんですか、とライラックは言った。ライラックは自分が傷つくとか、後悔するとか、余計に苦しむとかそういうことは、あまり関係がなかった。自分が会いにいくことで、彼女が苦しむ方が嫌だった。
「おめぇはどうなんだ?」
「何がですか?」
「そういう、観2の、過去の恋人だか遊び相手だか、そういう」
ゴロウは言いにくそうに言葉を選びながら全部言った。
「観2が好きだった相手やあいつが大事な相手が会いに来たとしたら、どうなんだ」
「おれは、観2さんが好きです。おれといる時、おれを見てくれればいいです」
「………はぁ」
ゴロウは酒を煽った。
「愛だな」
「愛、でしょうか」
「愛なんだろ?」
「……大切なんです」
彼女が自分のことを嫌になったら?
ライラックは望んで手を離すかもしれない。彼女が苦しむのも傷つくのも嫌だからだ、その時彼女にとっての最良があればいい。彼女が幸せであればそれでよかった。愛と呼ぶにはあまりにも強欲すぎやしないか。
ゴロウと別れて、ぼんやりとライラックは夜風に当たった。この時期に咲く、白くて小さい花が、甘い匂いを漂わせている。離れれば忘れてしまう、近づけば思い出す、さざなみのようだ。
浮いては沈む感情が、酒に任せて流れて行く。そのまま、何処かにいくなら、やはり地球がいい気がした。ライラックは自宅に足を向ける。
踞る小さな影を見た時、ライラックの心臓はとびはねた。彼女からはいつも懐かしい匂いがする。過去の懐かしみとはどこか違う気がする。言い換えると、ほっとできる気がする匂いだ。肩の力を抜いて自分でいられるような場所。そんな居場所が人間の形をしている。強力な地場がそこには発生している。
「愛してます」
懺悔みたいに飛び出た言葉に、玄関ポーチのライトに照らされた彼女が息を飲んだのが分かった。ライラックは、飛び出た言葉を今更取り戻せず、視線をさ迷わせる。
「すみません、おれ、あ、荷物!取りに来たんですよね、触らずに取ってありますから………」
「私の方こそすみません」
これでお別れなのかもしれない。ライラックは玄関を開けて、彼女を部屋に招いた。彼女はつかれた顔をしていて、いつもの仕事の制服を着ていて、鞄ひとつで、それからお腹をならした。
「あっええと」
「……ふふ、なにか食べますか、冷蔵庫に何かあったかな、すこし待っててください」
「いや、ま、待って、待ってください、あのライラックさんに話があって」
またお腹が鳴った。
「だから!」
観2は自分のお腹を叩いた。
「だ、だめですよ、叩いては」
「いいんですよ!今大事な話をしてるんだから、お腹なんてどうでもいいんですよ!」
「だめですよ!ご飯作りますから!」
「そんな、もう、謝りにきたんですから!聞いてください!!」
お腹は鳴る。
彼女は崩れ落ちた。
「あーもう~~いやだ~~。もういやだ。ライラックさんのバカ」
「すみません」
「ライラックさんはバカじゃないですよ!謝らないで!どうして謝るんですか!バカだから?!」
「たぶん、そうです」
「そんなことないですよ!優しいからですよ!そんな、優しくする必要ないですよ!全部私が悪いんですから!」
「なにも悪くないですよ」
ライラックは彼女を抱き起こした。あやすように抱き締めた。観2はすこしの間ライラックの肩を叩き、ふて腐れたように静かになった。
「怒ってくれてもいいんですよ」
「どうしてですか」
「変なやつにデートを邪魔にされたし!勝手に帰るし!3日一緒にいられたのに!今も、………迷惑をかけてるし」
だからいいんですよ、嫌になっても。
ライラックはますます彼女を抱き締めた。
「いらない思い出もあるんですね」
「え?」
「名前も知らないひとですが、そのまま何もかも忘れていてください。おれのことだけ、全部覚えていてください」
「……………」
「おれのことだけじゃなくていいです、でもあなたを傷つける思い出ならなくてもいいです、おれは」
彼女が身じろぎした。
「……ライラックさん」
「はい」
「愛してるってなんですか?」
「あっ、ええと、その、勝手に。おれは」
「嘘なんですか?」
「そんなことはないです。観2さんはおれからそう思われるのは嫌じゃないですか?」
「いいのかな、相応しいのかなと思います。私はその」
不完全で。
「よかった」
「え?」
「おれも足らないみたいです」
ライラックは身を寄せた。これ以上ないほどに密着しているのにまだ足りなかった。
「あの時、おれのこと、嫌になりませんでした?」
「まさか、全然。自分が嫌になりました」
「だったら、全部おれで満たして」
「…………ライラックさん」
「あなたを過去に奪われることだけは嫌です」
言葉にしてはじめて気づいた。愛と呼ぶにはやはり強欲だ。
「もっとおれを見てください」
彼女がゆっくりとライラックを見た。その瞳に自分が写ってるのを見て、ライラックは唇を重ねた。
彼女がライラックを嫌になったらどうする?
ライラックは望んで彼女を手放すかもしれない。
だから、
「おれを手放さないで」
そうすればずっと、自分は彼女のものでいられる。
*
ひどく執拗で長い行為のあと、観2は空腹で立ち上がれず、ライラックから手ずから食べさせて貰う。
観2は親鳥のようにせっせと紅茶入りのクッキーを運ぶライラックが幸福に溶けていることが分かった。
ライラックは怒ってるとは言わなかったけど、怒っていた気がする。
身体に広がるライラックのつけた痕が少しひりついて、気だるさにまごついた咀嚼をすると、ライラックの指が優しく口を拭った。
「ライラックさん」
「はい」
「今度はもう少し優しくしてくれると嬉しいです」
「……………はい」
真っ赤になったライラックにやり返した心地になって、彼女は笑った。
ハーブティーを飲ませてもらって、彼女は雛鳥のようにまどろんだ。今後同じようなことが起きても乗り越えられるだろう。
ここが鳥かごの中なのは分かっている。花で飾られた、美しいかごの中。澄んだ華やかな匂いがする。紫色した花の。
開け放たれた扉から空が見えて、ライラックの手を握る。握り返された手の力の強さを、彼女は確かめる。
――愛と呼ぶには。
アナウンス
※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
※ちょっとセンシティブなものがあります。