No.51, No.46, No.42, No.39, No.38, No.36, No.35[7件]
#あむあず
新しい手品を練習してるんです、と彼が言った。彼女は、興味をそそられて、え?どんなのですか?と尋ねる。彼はたれ目を細めて、入れ替わりマジックです、と言った。それって、人と人とが入れ替わる分ですか?と彼女は驚いた。それって結構大技なのでは?
彼は、得意気にも頷いた。
「ここに安室透がいるとします」
彼は手慣れた仕草でカップを置いた。
「それで、反対側には別人がいます」
もうひとつ同じカップを置く。
「うんうん」
「で、入れ替わる」
彼は二つのカップを入れ替えた。
彼女の見ている前でもう一度。
そしてまたもう一度。
「どちらのカップが安室透だったか、分かりますか?」
「えっ」
カップは同じもので。
彼はかなり手先が器用で。
シャッフルされたそれらは、どれがどれだか分からない。
「うむむ。でも、マジックだから、種も仕掛けもあるはず」
「そうですね」
「うーん……これを安室さんがやるんですか?」
「そうですねえ」
「えーっうーん、わかりませんよぉ」
「ちなみにこちらが安室透です」
彼は笑いながらカップの裏を見せた。そこには子供の悪戯なのか、車のシールが貼ってある。彼女は思わず笑った。
「安室さんは車がすきなんですね」
「それはもう、愛車を大事にしてますね」
「じゃあこれが安室さんですね。今度から裏を見たらいいんだ」
「大事なのは観察。僕は触らないで、とも言ってないですから、よく確かめることも推奨です」
「なるほど、それじゃ、安室さんが入れ替わっても大丈夫ですね」
「梓さん次第ですね」
「がんばります。いつやるんですか?」
「準備ができた上で状況次第ですね」
「楽しみにしてますね」
「はい」
それじゃ、コーヒーでもいれましょうか、と彼は言う。おやつといきましょうと、彼女は笑った。一見同じ見かけのカップにコーヒーが注がれる。でもそうすると、彼女には見分けがつく。彼はいつもコーヒーにはミルクをいれているから。彼女は微笑む。そういうことを、たくさん知ってることを彼は気づいてないから。いつか、驚かせてやろう。手品のあとで。
*
壊れていたんですよ、キーホルダーが。さも恐ろしいことのように榎本梓が語るので、安室透は食器を磨いていた手を止めた。
「…………キーホルダーなら壊れることもあるでしょうね?」
「でもうちの店のキーホルダーなんですよ?!」
マスターが何を思い立ったか、うちの店のロゴキーホルダーを作ってみようと言い出して、あれやこれやと知人のデザイナーに頼んであっという間に限定50セットのポアロのロゴキーホルダーは出来上がったのだ。面白半分に常連たちに配ると結構面白がってくれて、それが呼び水となり、在庫はあっという間に捌けていった。梓と安室も一つずつ貰っていた。案外少なかったね、今度は200セットでいこうかとマスターはノリノリで、どうするんですか?と聞いたら毛利小五郎探偵事務所ロゴと合わせ売りするから、あっという間に売れちゃうでしょとマスターはどや顔だ。案外いけちゃうかもなと思った二人はそれ以上話題をさわらなかった。さて、キーホルダーだ。そのポアロのロゴのキーホルダーが壊れたものが、今朝出勤してきた梓が店の前で見つけた。これって事件じゃないですか?!と言う梓に、やんわりと安室透は笑う。
「どうでしょう。常連客の方が落としたものをしらずに通行人が踏んだのかもしれませんし」
「それはそうですけど、悪い意味があったらどうするんですか?」
「ものが壊れることに意味はありませんよ」
「それって探偵としては正しいんですか?」
「探偵としては、謎を作るより謎を解きたいですねえ」
「安室さんの名探偵!」
「有り難うございます」
「でもよくよく考えたらそうですよね、わざとじゃないだろうし。ちょっとびっくりしちゃっただけで。すみません、お騒がせしました」
「いえいえ、僕も現物をみたら気になるかもしれませんしね。その壊れたキーホルダーはどうしたんですか?」
「処分しちゃいました、ごみの日でしたし」
さらっと梓が言った。安室は瞬いた。気にする割に処分が素早い。
「あ、駄目でした?!証拠品?!」
「いえ、そんなことは」
「すみません、マスターが見つけると気にするかなと思いまして」
よくわからない人だからそれはありえるかもしれない。
「いいことかもしれませんよ」
「いいこと?」
「ポアロの新しいロゴが出来るとか?」
「それはちょっと寂しいかも」
「はは、ですね」
その話は一旦それで終わった。梓がすっかり忘れていた数日後、安室が言う。
「壊れたキーホルダー、毛利さんのものみたいですよ」
「え?……………………あぁ!」
「完全に忘れてましたね?」
「てへへ」
「昨日マスターと話してましたよ、酔って帰ったときにキーホルダーなくしたって。それで、なんか音しませんでした?ときいたら、そういやなにか踏んだなって」
「あー~」
想像が出来たという、あー~だ。
梓が笑った。
「なんてことありませんでしたね」
「そうですね」
安室がふと笑った。
「マスター、今度は強化プラスチックで作ろうかなって言ってましたよ」
「えぇ?」
「銃弾で割れないくらいの」
「えぇ、本気ですか?」
「そうなったら面白いですよね」
安室透は夢想する。いつか自分が心臓を撃たれた時、それを防ぐのがポアロのロゴのキーホルダーならば。
梓は怪訝な顔をしている。
「それってキーホルダーにできるんですかね」
「さあ、どうなんでしょう」
一拍おいて二人は笑い合った。
喫茶ポアロは今日も穏やかに営業中だ。
*
すっかり泥だらけになって帰ってきた安室に梓は犬を思い浮かべるべきか、子供を思い浮かべるべきか、少し迷った。そんな泥だらけの状態で店にはいられても困るし、何より衛生的に大問題だ。というわけで、ちょっと待っててくださいと梓は断り、植木用の蛇口を捻ってホースを掴み、安室に向かって噴射させた。幸い暑い日でもあったから、風邪は引かないだろうが、店の前での行動に通行人がびっくりしたが、安室が泥だらけなのを確認すると、あぁ、みたいな顔をして去っていく。基本的に米花商店街は懐の広い人が住んでいるのである。
けらけらといつになく、楽しげに安室は笑って水を浴びている。梓が最初迷った答えは、この際両方だった。犬でもあったし、子供でもあった。その内、女子高校生と小学生が我が家に帰ってきて、おおよそ玄関前で繰り広げる水浴びに待ったをかけて、シャワーを貸し出してくれうことになった。
ごめんね、蘭さん。
いいえ、困ったときはお互い様ですから、
とはいえ、どうしてこの事態に?とコナンが問いかけて、梓はかくかくじかじか説明した。近所の公園で子供たちと一緒に泥団子を作ってたんですって。
何やってんだよ、公安というかすかなぼやきに答える者はおらず、いやー助かりましたと晴れ晴れとした笑顔で安室がポアロに無事戻ってきた。服は常にロッカーに着替えを用意しているので問題はなかった。
お礼に、何か作りますよ、と言う。
てきぱきと調理し始めた安室に、三人は顔を見合わせる。
梓が息を吐くようにして笑った。
楽しかったですか?安室さん。
安室が笑った。
手伝いますよと、梓が声をかけ、二人であれやこれやとしはじめるので、今度は蘭とコナンで顔を見合わせる。少し気持ちがわかるかもと、蘭が呟いた。コナンは不思議そうな顔をする。蘭は、笑う。新一が楽しそうなときって、結局許しちゃうから。コナンは蘭の顔をみて、カウンターの中にいる二人を眺めた。
自分達もこんな風に人から映るのだろうか。そう考えると、少し面映ゆい気がした。
特製ポアロスペシャルサンデーはアイスとフルーツが山盛りで、笑ってしまうほどだった。
安室がお土産に持って帰ってきた、ぴかぴかの泥団子は、看板に残されている。みんな、これは何?という顔で、しかしなにも言わず、行き交ってゆく。夕日に眩しく、輝く、ぴかぴかに光る金の玉だった。
#京園
運命だと思った、二度、運命だと思った。笑われてる女子がいた、大声を上げて、なりふり構わず、拳を振り上げて、顔を目一杯動かして、ひたむきに友人を応援している姿は面白かったのだろう、実は彼女を一度見たことがあった、他校の生徒を探して、キャーと騒いでいる姿を本当は見たことがあった、そういう女子を、気にかけたことはなかったが、彼女はよく動くから、一瞬目についた。視界に触れて、それで、一旦忘れたのだと思う。
彼女の色素の薄い茶色の髪が、暴れるように乱れて、大きく開けた口が、いけー!とか、やれー!とか、物騒な言葉をもたらして、友人の、一挙一動にハラハラドキドキして、祈るように目を伏せて、そして射抜くような気合いの入った眼差しで、蘭!あんたならできる!と叫んだ。
自分の神経のひとつひとつが、細胞が、彼女にまっすぐ向かっていって、すんなりと理解をした、これが、恋なのだと。
同時に分かっていた、これは、叶うことのない恋なのだと。
「どうしたの、真さん」
瞬きする。
「いえ、ちょっと時差ボケがあったみたいで」
「大丈夫?ホテルで休もっか」
「え?いえ、大丈夫です」
「いーのいーの、一度アフタヌーンティーの試食に来てくれって頼まれてたから。近くのホテルだし、このまま行こう」
彼女は自然な動きでタクシーを呼び止めて、ホテルの名前を告げる。そういえばこの前蘭がね、と楽しそうに話をしているのを聞いている間にタクシーは目的のホテルに到着する。鈴木財閥の所有するホテルだった。彼女は、ボーイに名前を告げて支配人に取り次いで貰うように頼み、彼女のことを知っているホテルマンの一人が園子さまと、ラウジンカフェへと案内する。ドリンクが運ばれてくるまでごく自然で、彼女は特にその事を殊更誇示するでもなく、当たり前に享受している。彼女はお喋りを続けていて、それは普段近くにいない時間を埋めてくれるようで愛らしかった。支配人が現れて、彼女は彼が休める部屋を用意してくれる?と言う。それから部屋にアフタヌーンティーを用意して、と告げる、支配人は当然と応じて後は待っていれば眺めのいい部屋に案内されるだけだった。実家の旅館を思い出す。オーシャンビューの一望を彼女はまあまあだね、と笑って、ほら、ゆっくり休んで、と自分をベッドへ促した。もごついていると、いいからいいから、と引っ張って、
「それともなあに?寝かしつけてくれってこと?」
と、いたずらっぽく笑った。子守唄なら歌えるかも、と言うので、聞いてみたい気がしたが、これ以上は墓穴な気がして、ベッドに潜った、自重を包み込むようなゆったりとしたマットレスに清潔なシーツ。掛け布団もふわりと軽く温かかった。外はあんなにも暑いのにここは、冷房が効いていて、寝具の中にいるのが、心地よかった。快適だった。目を瞑っているとマットレスが少し揺れて、彼女の気配がした。もう、眠った?言葉は喉に貼り付いて、彼女の柔らかで華奢な指先が自分の髪を触るのが分かった。
「んー絆創膏剥がしちゃおっかな」
思わずびくりと、身じろぎするとくすくす彼女は笑った。
「ウソウソ、やっぱり起きてたんだ」
「眠りに落ちる寸前でした。でも本当にいいんですか?退屈ではありませんか」
「いいの。滅多に会えないのに、ゆっくり過ごすのって逆に贅沢でしょ」
起きたら、アフタヌーンティーしましょ、と彼女は言う。盛大に甘やかされている気がして、不意に羞恥が昇った。それを気取られぬように、布団を被った。
「おやすみ、真さん」
彼女が微笑んだ、のが伝わる。彼女の周りの空気が揺れて、いつもそれが自分のところまで振動する。共鳴する。それが、独りよがりな心情だと分かっている。
そっと彼女を伺った。彼女は、窓の外を眺めている。真夏の青空は、痛々しいほど青く、目映い。ゆっくりと彼女は伸びをして、自分にとっては不釣り合いなほど高級な一室であっても、彼女にとっては日常のものでしかなく、自宅のような様子で、ソファに座り、携帯を触る。
実家の旅館に彼女がやって来たのはたまさか偶然で、理由は未だ分からない。運命だと思って、嫌がられると思って、嫌われていると思って、執着していると思われて、執着していて、どんな理由をつけていたって、人命を救ったと警察に表彰されたって、自分はただ、好きな人に理由をつけて付きまとっていたのは、事実だったから。彼女を助けられてよかった、と思う。こぼれ落ちて行くのに耐えきれなかったのだ、理由をつけて、固執した。好きだったから。好きだから。
自分だって、応援されたい。
あの時、乱暴な衝動で沸き上がった、強烈な自我を。あんな風にひたむきに、愛されたいと願ってしまったことを。
やわらかな寝具の中で、彼女を覗き見している、まだそんなことをしていて、好きだって言われてからも、自分が見つけたように、彼女が誰かを見つけたり、見つけられたりするかもしれなくて。なのに、遠く離れている。
目を瞑る。
夏は彼女に相応しくて、彼女の生き生きとした情熱は、太陽に劣ることはなくて、想像とした夏と今は違っている。ゆっくりと起き上がって、ずれた時間が、太陽の存在が、歯車を少し軋ませて、どうしたの?のどが渇いた?とやってきた彼女を、掴まえた。
優しい肉体は柔らかで、自分はもっと強靭になろうと思った、世界が滅んでも。
彼女だけは生きてほしい。
頭を押し付けた彼女の胸部からとても早い鼓動が聞こえて、血の流れを感じて、ぎこちなくあやすみたいに、彼女が背中を撫でた、悪い夢でも見たの?
呼吸して、呼吸して、自然と彼女の体臭が入り込んできて、壊れないように腕の力を調節した、ーー少し。
疲れているみたいです。
名前に反して嘘をついた、狂わぬように。ここが、嘘みたいだから。海の音が聞こえる、遠くからどこまでも。響いてくる。
二度、運命だと思った、浅ましさで引き寄せた、彼女を救ったのではなくて、あの時救われたのは、自分こそだったのだ。
アナウンス
※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
「安室さんって、去年のクリスマスはどうでした?」クリスマスの準備をしているのだから聞かれるのは当然のことだろう、会話のひとつとして彼女は言い、彼はなんでもないことのように返した。
「仕事していましたね」
「探偵さんは休みがなくて大変ですね」
「ええ、まあ、そういう人々が浮き足だってる時にトラブルは起きやすいですから」
「今年は大丈夫なんですか?」
「尾行するよりかはケーキを売る方がいいですから」
「夢がありますもんね~」
大変ですけど、と彼女が腕を擦った。先程まではクリームをたくさん泡立てていた、マスター発案のケーキの受注は、大人気だ。そもそもマスターの顔が広いから、ふらっと出先で受注してくる。さすがにこれ以上は間に合わないから、受付はやめている。商店街にはケーキ屋もあるから、その折り合いもある。
「梓さんはどんなクリスマスでした?」
「私も仕事ですよ」
「去年はケーキの販売なかったんですよね」
「その代わり商店街のパーティーが」
納得。
二人で笑った。
「そういえば昔ケーキ屋さんになりたかったような、気がします」
彼女が言う。
「夢が叶いましたね」
「そうですね、安室さんは何になりたかったですか」
「なってますよ」
「探偵に?」
彼は笑った。
「いいなあ」
「どうして」
「ちゃんとしてる感じがするので」
「夢を叶えるのが?」
「違います?」
「梓さんも、でもそうでしょう」
「ははは」
彼女は冷蔵庫を見つめた。新しく倉庫にでかいやつが導入された。来年もこの人はここにいるのかなと彼女は思った。
「マスターのクリスマスケーキってどんなかんじですか?」
「お酒の味ですよ」
「へー」
「ジャムが塗ってあってスポンジに洋酒が浸してあってクリームは滑らかで、美味しいですけど、子供向きじゃないかも。今年も作るみたいですよ、常連さんには」
「食べてみたいですね」
「作ってくれますよ、きっと」
「大人ですもんね」
「マスターはサンタクロースだから」
「それは冗談ですか?比喩ですか?」
「真実ですよ」
彼女は言った。
彼は二年前のクリスマスのことも聞こうと思った、それ以前のクリスマスも。
「赤が嫌いなのってクリスマス由来とか?」
「秘密です」
「そっかあ」
サンタクロースは好きでした?と言われて、彼は笑った。
「善良な人は好きですよ」
「大人目線の解答ですね」
「不法侵入はどうかと思いますが」
「探偵もそうなんじゃないんですか?」
「犯罪者と一緒にされるのは心外ですね」
「すみません」
「いえいえ、どうも」
彼は帰り支度を始めた、上着を着るついでに言う。
「初めて一緒に過ごすクリスマスですね」
「…………………炎上!」
「がんばりましょうね」
何を。
彼は笑う、送りますよ。彼女はふっと視線をはずした。
「この近くにきれいなイルミネーションがあるって聞きました、よ?」
「クリスマスですからね」
「はい、クリスマスです」
「あっという間にお正月で、あっという間に春ですね」
「はい」
「でも、クリスマスは今だけなので」
「そうですね」
「楽しみましょう」
「目指せ商店街のサンタクロース」
ほんとは、と彼は聞いた。二年前のクリスマスのことを。彼女は笑って、店の外に出た。扉を開けて待つ彼女に彼は肩を竦めた、良い子のもとにサンタクロースはやってくる。彼に必要なのは夜道を迷わず導いてくれる真っ赤な鼻だった、憎むべき赤が世の中にはたくさんあり、しんと冷えた空気が彼女の鼻や頬を赤く染めるのは、しかし、そう悪いことではなかった。