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ほろた
レイ主


ずいぶん真面目にあなたは思い悩んだ。戸惑い、躊躇、照れ、恥ずかしさ。愛しさ。忙しい仕事の合間にチョコレートのバーを齧りながらあなたは辞書や例文集をいくらでも読み、ラブソングも聞いたし、小刻みの時間でラブストーリーの映画も見た。夢でもそれに思い悩み、起きて真っ白の便せんを目の当たりすると、頭痛がするようだった。誤解がないように言えば、あなたは不本意に嫌々、やっているわけではなかった。寧ろ積極的に意欲的に取り組んでいた、あなたは自分はロマンチストではなく、情緒の欠片もないと思っている節がある。実際の彼女の印象はその逆にも関わらず。自分が成し遂げたものを彼女に直接手渡すことを考えると頭がぐらぐらした、恥、恥ですらなかった。ためらいだったし、恐れだった。もし、――もし、彼女の表情に何も思い浮かばなかったら?あなたは完璧を求め、―――挫折し、ペンを置いた。彼女に手紙を贈りたかった。彼女が何度も貰ったことがある、ラブレターを。あなたは事実に嫉妬したわけではなかった。いやほんのちょっと、実際嫉妬もあったかもしれない。でも、あなたは彼女が思うよりも純粋に彼女のことを愛していたから、その思いを形にしたかった。文章にして彼女に差し出したかった。それを読む、彼女の眼差しや、驚きや、微笑みが見たかった。あなたは眼鏡を置いた。目頭をもみ、ため息を吐いた。

「レイ先生ってば、根詰めすぎじゃない?」
「…………いつから」
あなたは冷静に言った。冷静に。
彼女は楽しそうに笑った。
真向いの椅子に彼女は座っていた。
診察を待つ患者みたいに。
「そんなに悩むなんて誰への手紙なの?レイ先生、まさか論文じゃないだろうし」
「………本当に、診察か」
「え、そう、そうだよ。一体どうしちゃったの?本当に忘れてたの?」
あなたは沈黙した。
彼女は真剣な顔になり、
「一体いつから休んでないの?大丈夫?」
あなたに近づいて、額に手をあてた。熱を計っている。特に変わりがないと知って、医者のようにあなたの頬を触り、あなたの隈を見つける。
「……そんなに大変な手紙だったりするの?何か、私に手伝えることはある?」
あなたは沈黙を選んだが、彼女の瞳は嘘を吐かせなかった。
「お前への手紙だ」
「え?」
「前に話しただろう、手紙を贈ると」
彼女は何回かまばたきしたあと、口を開けた。
「…………」
「何か言ったらどうだ」
「……何か、って。あなたって本当、時々、思いがけないことを言うよね」
「有言実行なんだ」
「それは知ってるけど」
でも、と彼女はあなたの頬を撫でる。
「心配になるよ」
「……そんなに酷い顔をしているか?」
「というより、優秀な医者であるレイ先生が大事な患者の診察の予定を忘れるなんてね」
「……」
「……そんなに私に手紙を書くのは大変だった?」
彼女は責めるというよりおかしそうだった。
あなたは彼女を見つめ、
「お前への、想いを言葉にするのは苦労する」
「そう」
「溢れて、」
彼女が固まった。
「どう言えばいいのか、分からなくなる」
「――そう」
あなたは彼女から視線を外さなかったが、彼女は先に目をそらした。薄っすらと頬が染まっていた。彼女はそれをごまかすみたいに、何も書いていない便せんを手に取った。
「じゃあ、これはそういうことが書いている手紙ってこと?」
「何も書いてないだろう」
「そういうことなんでしょ」
彼女が意地になったように言う。あなたは少し笑った。
「そうだな」
「うん――それで、診察はするの?」
それはありふれた言葉だし、聞きなれた単語だ。
あなたは一瞬揺らいで、時間を確認して、彼女を見る。
あなたと彼女の視線は交差する。
―――が、看護師から呼び出しが入った。
「レイ先生、すみません。緊急の呼び出しです。対応できますか?」
「今行く」
「今行く」
と、彼女が看護師に聞こえないように繰り返した。
「……すまないが、診察の予約を入れ直してくれ」
「はい、レイ先生」
聞きわけのいい患者のふりをして、彼女が頷く。
あなたは見送る姿勢でいる彼女を通り過ぎる間際、彼女の手を握った。
彼女は驚いて、握り返そうとし、その瞬間、あなたは離れた。

それからあなたは自分の職務を全うした。
デスクに戻り、あなたは残された手紙に気づいた。

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親愛なるレイ先生へ

次の診察日は忘れないで!
どれだけ私のことを考えていても、目の前の私をちゃんと見て。

あなたの大事な患者より

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あなたは幾度となくその文章を読み返して、椅子に深く凭れて息を吐いた。
あなたは今すぐ会いたかった。彼女に。