No.1

令嬢転生もの~

「私はあなたの好きな人ではありません」

噴水が虹を作る。煌めきと、飛沫。周囲は手入れの行き届いた草木が二人を歓迎している。ひとつひとつの花が揺らめいて、優しく微笑んでいる。
ここは二人の思い出の場所だった。彼の方が二つ年下で、彼女の方が年上で、出会ったときはまだ幼くて、パーティーの催しに参加してみたけれど、よく分からなかった。互いに抜け出した先がこの噴水の場所で、二人は二人だけでしばし遊んだのだ。なんの会話をしたかまでは思い出せないけれど、いい印象を抱いたことを覚えている。その後、学園にて二人は再会したけれど、その時は彼女にいい印象を覚えなかった。野犬のような鋭さが彼女の眼差しにあったからで、ーー決して悪い印象ではない、だが、戸惑ったことを覚えている。彼女に何があったのだろう?

暫くして彼女が病気で伏せたという話を聞き、それから間もなく彼女に出会った。妙な言い方だ。彼と彼女はすでに出会っていた。けれど、その時彼は、ーー出会えた、と思ったのだ。

「いかがでしたか」 
彼の従者であり友人が、声をかけるまで彼は噴水の前で立ち竦んでいた。
「そのご様子だと、振られましたか」
気遣うか揶揄するか、半分ずつの感情が入り交じった言葉を向けられ、彼は肩を竦めた。
「さて。嫌われているわけではないのだが」
「だが?」
「しかし、別の問題はあるようだ。ここで話すのも難がある。場所を移そう」
執務室へ移動し、人払いし、他の耳がないことを確認する。
ともあれ、従者の淹れてくれたお茶を飲み、彼は先ほど起きたことを話す。

彼女、ことエーデルワイス嬢に彼は告白をした。
「なんと」
「君が好きだから婚約を前提に気持ちを受け入れてくれないかと」
「あなたは王位継承者じゃありませんからね。縁談も断っているみたいですし」
「他者の目論見はさておいて、俺はこれでもいい家庭を築きたいと思っているんだ」
「まるでジェルボン卿のような?」
「そうだ。あのお方は愛人を作らないし妻子を大事にしている。仕事振りも見事だ。前の協会の問題についても見事な采配だった」
「彼はあなたの叔父でもありますしね。エーデルワイス嬢はなんと答えたんですか?」
「私はあなたの好きな人ではありません」
「あなたが前にアンジェラ嬢を好きだった話じゃないんですか」
「違う。第一アンジェラとは友人だ」
「他の御仁から見ると大層仲良しですよ」
「友人なのだからそうだろう」
「とはいえ、理由をお聞きになったのですか?」
「もちろん。だが、教えてはくれなかった、謝るばかりで」
「ははーん」
「何だ」
「ブラッド様振られましたね」
「振られてないだろう」
「おおむね振られてますよ」
「振られてないだろ」
「彼女嫌がってるじゃないですか、気の多い男だって」
「だからアンジェラとは………、わかった、ならもう一度告白してその上でアンジェラとは友人であることを説明してくる」
「一日に二度告白されるのは少しどうかと思いますよ」
「俺もそう思う」
「ーーそういえば」
「何だ」
「エーデルワイス嬢のことで噂を耳にしたことがあります」
従者の口ぶりからして、彼ことブラッドには従者がずっと黙っていたことだとわかった。従者はさもいま思い出したように言う。
「エーデルワイス嬢はマジョーリカによって取り替えられたのだと。だから、いまの彼女は善良なのだと。……もっともあくまでも噂なのですが」
マジョーリカとは、いたずら好きの妖精で、別の世界の人間とこちらの世界の人間を入れ換えては遊んでいる、という伝承を持つ。もっぱら真実とみな信じているわけではなく、噂話程度にマジョーリカのせいであの人は結婚して変わってしまったんだとか、マジョーリカに魅入られたから心変わりされたんだ、とかそのように迷信のように扱われている存在だ。だが、エーデルワイス嬢が病床に伏せって以降、がらりと変わったのは事実だった。
「わかった」
従者はよく知っている。わかった、と彼の主が言う時、大抵はわかってないのだ。
「俺がその噂の真相を突き止める。そしてーー」
「そして?」
「今度こそ告白を成功させるのだ!行くぞ、ライオット!」
どこに、と聞く前にブラッドが言う。
「まずは情報を集める。吟遊詩人や書庫などを調べるぞ。古くから書庫にいるガヘムならなにか知ってるかもしれないしな!」
この人、無駄に有能なんだよなとライオットは思う。主としての尊敬すべきところだが、一方でこういうところが火種になっていることも知っている。
ーー何か、妙なことにならなければいいが。
うっすらと抱く予感を横において、ライオットは自分の主人を追いかけた。

ブラッドの恋の行く末に幸あらんことを。

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