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No.4
令嬢転生もの~4
入った部屋は薄暗く、ほんのりとした灯りがベッドサイドにあるだけで、甘い匂いが漂っている。ここが、そういう部屋であることは間違いなかった。細長い窓のカーテンを開けると、夕暮れが差し込む。ブラッドとエーデルワイスの間に沈黙があったが、エーデルワイスが、ぼすんとベッドに腰かけた。
「ブラッド様も」
明るい声でエーデルワイスが言う。ブラッドは一瞬の躊躇いを噛み砕いて、エーデルワイスのとなりに腰を下ろした。スプリングが僅かに軋んだ。言葉を探している時に、エーデルワイスが言う。
「……ごめんなさい、告白されたときに言うべきでしたね。婚約者がいるって。」
「あ、いや、俺が先に知っておくべきだったんだ。君に負担をかけてしまう前に。君のこと、なにも知らないみたいだ」
ブラッドはエーデルワイスの靴先を見た。パーティー用なのだろう、先のとがったエナメルの白い靴だ。ビーズが華美でない程度にあしらわれている。エーデルワイスはすっきりとしたドレスを着ている。仕事というのもあるのだろう、あくまでも目立つつもりがないようなドレスはそれでもとろりとした光沢があり、触れてみたくなるようだった。
「……………ブラッド様」
「え、あっ、はい」
「あの、どうして私を好きになってくれたんですか?」
ブラッドは顔を真っ赤にしたエーデルワイスから視線をそっと外した。今、別のことを考えていた自分を恥じた。
「それは、その。覚えてるだろうか、図書館での話だ」
「図書館」
「君が病気で伏せていた後で、放課後に君と出会った」
「………はい。勉強をするために」
「そうだ。何故そこまで必死に勉強をしているのかと俺は聞いたね。君は医者になりたいと言った」
「……はい」
「また何故かと尋ねたら、君は償いの為だと言った、その時の君が笑うから俺はなんだかさみしくなってしまって」
「さみしく………?」
ブラッドは思い返す。
エーデルワイスは一人で勉強していた。何だか世界の全てを詰め込むみたいに必死に、挑むみたいに。
「君の味方になりたいと思ったんだ。そばで支えたいとも思った。そうすれば、君は笑わなくてもいいだろうと思って。………今も、そんな風に」
ブラッドはエーデルワイスの頬にほんの少し指先を添えた。
「それから君を見ていた。君が何かと戦っているのはわかるよ。だからその手伝いがしたいんだ」
「………………」
それは、と彼女が言った。
「私を好きだと言うことですか……?」
「そうだ。俺は君が好きなんだ」
エーデルワイスの瞳から涙がこぼれて、静かに頬に伝っていく。震える唇が息を吸って、彼女は微笑んだ。
「ーー教えてくれないか。俺の好きな人は君ではないというのは、どういう意味なんだ?」
「それは……」
「関係あるのか?ーー君と、マジョーリカは」
「……ごめんなさい、もう戻らなくては」
エーデルワイスは立ち上がった。
ブラッドは彼女の手を掴んだ。
「エーデルワイス」
「…………」
「必要なら、君を奪う」
彼女は眉を下げて笑った。
「もう、私のことは忘れてください」
「エーデルワイス!」
彼女は部屋を出ていき、ブラッドは息を吐いた。
少ししてからブラッドも部屋を出ると、ヴィーナンテが言う。
「早かったですね、もっとゆっくりしていけばよかったのに」
ライオットが目の前にやってくる。
「お耳にいれたいことが」
いつになく真摯だ。
「嫌な話か」
茶化すように言うと、ライオットは取り合わなかった。
「これ以上、エーデルワイスに近づくのは得策ではないかもしれません」
「何故」
ライオットは言葉を選んだ。
「我々に関わることだからです」
我々に含んだ意味をブラッドは汲み取った。
「楽しみにしていますよ。ーーーー幾つかの、ご支援を」
これで幕引きとばかりにヴィーナンテがお辞儀をした。すでに夜の帳も落ちている。
ブラッドは引き上げることにした。
屋敷に帰っても、今日はお疲れでしょうから、とライオットは話さなかった。自分から言い出したことだろうと言っても、躱すばかりでもやもやした気分のままブラッドは眠るはめになった。
「ライオット、朝だぞ」
慇懃に話かけるとライオットは頷いて見せた。朝から受ける予定だった学園の授業を振り替えて、人払いを済ませたブラッドの寝室で話すことにした。
「グランディアの戦いにて英傑になられたカリウス王はご存じですよね」
「この国の基礎を作ったような王だからな、子供のときからよく聞かされていたよ」
「カリウス王の采配は見事だったと伝えられています。先進的で通常なら考えられないほどに突飛で優れた策で、打ち勝った」
「それがマジョーリカに取り替えられたから、か?」
「しかし、それが真実だったとしたら?」
ブラッドは窓の外を眺めた。
「カリウス王が実はどうとでも知れぬ相手となれば、王としての意義は問われるだろうな、王族としての価値に傷が付く。あるいは、我々にもその傷が及ぶ。王として信じていたものはただの民であり、我々はその子孫でしかないのならば」
「王とは神の神託を受けるもの。カリウス王は未だに人気の高い王です。その土台が崩れるとなると」
「………厄介かもしれないな。だから、エーデルワイスのために、俺がマジョーリカのことを調べると、思わぬ誤解を受けるはめになる、ということか?」
「はい」
「誰から」
ライオットは口をつぐんでみせたが、誠実な従者は言う。
「あなたを厄介がる者たちから」
ブラッドは笑った。
「なら手始めに再度ガハムに話を聞いてみるとしよう。どのみち、マジョーリカのことは調べないといけないようだ」
「ブラッドフォード様」
「まあ、どうにかなるさ。これは、恋の話だからな」
はあ、と呆れたため息を付いてみせたライオットは、では準備をしてきます、と出ていった。
ブラッドはのんびりと大きく伸びをしたあと、思案気に目を細める。
ブラッドフォードは第七王子だ。しかし、その前の兄弟は跡取りである第一王子と第二王子を除き、亡くなっている。事故や病気や、何かで。ブラッドが職務に当たっているのも通常、当たるべき人間が不在だからだ。
「マジョーリカとはなんだ?」
そしてそれは、エーデルワイスに何をした?ブラッドが気がかりなのはそれだけだ。エーデルワイスはまだ何かを隠している。マジョーリカのこともそうと決まったわけでもないのだ。彼はゆっくりと昨日間近に吸い込んだ彼女の匂いを思い出した。
エーデルワイス。
俺の好きな人は、あなただ。
2024.Jun.5(Wed) 07:56
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入った部屋は薄暗く、ほんのりとした灯りがベッドサイドにあるだけで、甘い匂いが漂っている。ここが、そういう部屋であることは間違いなかった。細長い窓のカーテンを開けると、夕暮れが差し込む。ブラッドとエーデルワイスの間に沈黙があったが、エーデルワイスが、ぼすんとベッドに腰かけた。
「ブラッド様も」
明るい声でエーデルワイスが言う。ブラッドは一瞬の躊躇いを噛み砕いて、エーデルワイスのとなりに腰を下ろした。スプリングが僅かに軋んだ。言葉を探している時に、エーデルワイスが言う。
「……ごめんなさい、告白されたときに言うべきでしたね。婚約者がいるって。」
「あ、いや、俺が先に知っておくべきだったんだ。君に負担をかけてしまう前に。君のこと、なにも知らないみたいだ」
ブラッドはエーデルワイスの靴先を見た。パーティー用なのだろう、先のとがったエナメルの白い靴だ。ビーズが華美でない程度にあしらわれている。エーデルワイスはすっきりとしたドレスを着ている。仕事というのもあるのだろう、あくまでも目立つつもりがないようなドレスはそれでもとろりとした光沢があり、触れてみたくなるようだった。
「……………ブラッド様」
「え、あっ、はい」
「あの、どうして私を好きになってくれたんですか?」
ブラッドは顔を真っ赤にしたエーデルワイスから視線をそっと外した。今、別のことを考えていた自分を恥じた。
「それは、その。覚えてるだろうか、図書館での話だ」
「図書館」
「君が病気で伏せていた後で、放課後に君と出会った」
「………はい。勉強をするために」
「そうだ。何故そこまで必死に勉強をしているのかと俺は聞いたね。君は医者になりたいと言った」
「……はい」
「また何故かと尋ねたら、君は償いの為だと言った、その時の君が笑うから俺はなんだかさみしくなってしまって」
「さみしく………?」
ブラッドは思い返す。
エーデルワイスは一人で勉強していた。何だか世界の全てを詰め込むみたいに必死に、挑むみたいに。
「君の味方になりたいと思ったんだ。そばで支えたいとも思った。そうすれば、君は笑わなくてもいいだろうと思って。………今も、そんな風に」
ブラッドはエーデルワイスの頬にほんの少し指先を添えた。
「それから君を見ていた。君が何かと戦っているのはわかるよ。だからその手伝いがしたいんだ」
「………………」
それは、と彼女が言った。
「私を好きだと言うことですか……?」
「そうだ。俺は君が好きなんだ」
エーデルワイスの瞳から涙がこぼれて、静かに頬に伝っていく。震える唇が息を吸って、彼女は微笑んだ。
「ーー教えてくれないか。俺の好きな人は君ではないというのは、どういう意味なんだ?」
「それは……」
「関係あるのか?ーー君と、マジョーリカは」
「……ごめんなさい、もう戻らなくては」
エーデルワイスは立ち上がった。
ブラッドは彼女の手を掴んだ。
「エーデルワイス」
「…………」
「必要なら、君を奪う」
彼女は眉を下げて笑った。
「もう、私のことは忘れてください」
「エーデルワイス!」
彼女は部屋を出ていき、ブラッドは息を吐いた。
少ししてからブラッドも部屋を出ると、ヴィーナンテが言う。
「早かったですね、もっとゆっくりしていけばよかったのに」
ライオットが目の前にやってくる。
「お耳にいれたいことが」
いつになく真摯だ。
「嫌な話か」
茶化すように言うと、ライオットは取り合わなかった。
「これ以上、エーデルワイスに近づくのは得策ではないかもしれません」
「何故」
ライオットは言葉を選んだ。
「我々に関わることだからです」
我々に含んだ意味をブラッドは汲み取った。
「楽しみにしていますよ。ーーーー幾つかの、ご支援を」
これで幕引きとばかりにヴィーナンテがお辞儀をした。すでに夜の帳も落ちている。
ブラッドは引き上げることにした。
屋敷に帰っても、今日はお疲れでしょうから、とライオットは話さなかった。自分から言い出したことだろうと言っても、躱すばかりでもやもやした気分のままブラッドは眠るはめになった。
「ライオット、朝だぞ」
慇懃に話かけるとライオットは頷いて見せた。朝から受ける予定だった学園の授業を振り替えて、人払いを済ませたブラッドの寝室で話すことにした。
「グランディアの戦いにて英傑になられたカリウス王はご存じですよね」
「この国の基礎を作ったような王だからな、子供のときからよく聞かされていたよ」
「カリウス王の采配は見事だったと伝えられています。先進的で通常なら考えられないほどに突飛で優れた策で、打ち勝った」
「それがマジョーリカに取り替えられたから、か?」
「しかし、それが真実だったとしたら?」
ブラッドは窓の外を眺めた。
「カリウス王が実はどうとでも知れぬ相手となれば、王としての意義は問われるだろうな、王族としての価値に傷が付く。あるいは、我々にもその傷が及ぶ。王として信じていたものはただの民であり、我々はその子孫でしかないのならば」
「王とは神の神託を受けるもの。カリウス王は未だに人気の高い王です。その土台が崩れるとなると」
「………厄介かもしれないな。だから、エーデルワイスのために、俺がマジョーリカのことを調べると、思わぬ誤解を受けるはめになる、ということか?」
「はい」
「誰から」
ライオットは口をつぐんでみせたが、誠実な従者は言う。
「あなたを厄介がる者たちから」
ブラッドは笑った。
「なら手始めに再度ガハムに話を聞いてみるとしよう。どのみち、マジョーリカのことは調べないといけないようだ」
「ブラッドフォード様」
「まあ、どうにかなるさ。これは、恋の話だからな」
はあ、と呆れたため息を付いてみせたライオットは、では準備をしてきます、と出ていった。
ブラッドはのんびりと大きく伸びをしたあと、思案気に目を細める。
ブラッドフォードは第七王子だ。しかし、その前の兄弟は跡取りである第一王子と第二王子を除き、亡くなっている。事故や病気や、何かで。ブラッドが職務に当たっているのも通常、当たるべき人間が不在だからだ。
「マジョーリカとはなんだ?」
そしてそれは、エーデルワイスに何をした?ブラッドが気がかりなのはそれだけだ。エーデルワイスはまだ何かを隠している。マジョーリカのこともそうと決まったわけでもないのだ。彼はゆっくりと昨日間近に吸い込んだ彼女の匂いを思い出した。
エーデルワイス。
俺の好きな人は、あなただ。