No.3

令嬢転生もの~3

ブラッドは書庫担当のガヘムを探した。国の歴史や歴代の王、グランディアとの戦い、カルロッテの真実、リーガルズの星図、作物や治水や気候、ちょっとした世間の話など、いろんなことが書庫には納められている。ガヘムは老齢で、幼い頃より記憶力が優れていて、口上で伝えられている古い話も知っている。未だに衰えをみせない、書庫の番人だった。
ガヘムは書庫の古ぼけた置物のように鎮座している。
「ガヘム、聞きたいことがあるんだが、いいかな」
「……ブラッド王子、今は職務中ではござらんか」
「大事な話なんだ」
ガヘムは用件次第では聞いてやる、という顔をした。ライオットはその様子を見詰める。
「マジョーリカの取り替え話について、知っていることはないか」
ガヘムはブラッドを見る。厳しい眼差しがブラッドを貫いた。
「そのようなことを聞いてどうされるのですか」
「マジョーリカについて調べているんだ。知りたいことがあって。なんでもいい、些末なことでもいいから教えてくれ」
ガヘムを頭を振った。
「本でも読まれるのがよろしい」
「そうだ、本だ。調べるのにいい本はないか?」
「…………」
ガヘムが沈黙を答えとした。ご自分で調べなされ。そう言わんとするようだ。
「ブラッド様」
「仕方がない。忙しいのに手間をとらせたな、有り難う」
ガヘムは応じない。
老齢の男は置物に戻ったようだった。
「ーー何かあるな」
「はい」
「何かヒントを探そう。ライオット、お前の耳はいいだろう。手当たり次第に調べてくれ」
「はい。ブラッド様は職務に戻られてください。ケリーに世話係を頼みますので」
「ついでにケリーの最近の話を聞くとするか」
ライオットが頷いた。
ブラッドが執務室に戻り、ほどなくケリーがやってきた。
「ライオット殿から頼まれました。決算の確認はこちら、署名が必要なものはこちらに分けております」
分厚いレンズのメガネの無愛想な女性で、事務的に仕事をこなす。能力もいい。書類の束を持ってきて、分類する。
「急ぎのものはこちらになります」
「確かこの前も急ぎのものじゃなかったか?チェルシー協会との取引は」
「経費削減ということで、割り引きされたものを買い付けているようです」
「それは適正なのか。そそのかされてやしないだろうな」
「その可能性はあります」
「担当者は誰だ」
「グラントです」
「話を聞いておこう」
「今すぐですか?」
「どちらがいい?」
「焦らすのが良いかと」
ライオットはケリーを気に入っている。
「なら話をしよう」
「何の、ですか」
「最近流行っている詩はないのか?この前、劇が開幕されたと聞いたような。評判はいいようだ。もう観に行ったのか?」
「それは、まあ、はい。行きましたが、手は動かして欲しいです」
「ああ、わかった。それじゃ、作業中に楽しい話が聞きたい。見てきた劇の話をしてくれ」
「はぁ、仕方ないですね」
そこからはケリーの独壇場だった。流れるように語られる役者の一挙一動、演出の印象的なところ、うなる物語にあおられる観客たちの歓声、今もっとも輝く吟遊詩人、ヴィーナンテの麗しき調べ。
「ヴィーナンテ。前もその名前を聞いた」
夢から覚めたようにケリーは瞬いた。
「はい。そうですね」
「有り難う、助かったよ。今日の職務の区切りはこれでいいか?」
「ーーはい。」
「ケリー。お茶を頼んでいる。飲んでから帰るといい」
ケリーはまた瞬いた。一瞬の狼狽はすぐに無愛想に戻り、義務的に一礼して去っていく。
ブラッドはライオットと落ち合う。
「色々聞いてヒントになりそうな人物がおります。会ってみてもいいかと」
「理由は?」
「マジョーリカの話をよくするみたいです。何故なら、自分が取り替えられたから」
「名前は?」
「ヴィーナンテ。今一番の吟遊詩人です」
あれこれと人脈をたどってその日の内にブラッドはヴィーナンテと会えることになった。というのも、王族からの声かけなら興行にとってもよい結果が得られるということと、相手に今日しか時間がないということだ。
「声をかけたのはこちらですが、これは呼びつけられた、ということですね」
「当然だろうな」
招かれたのは、劇場が管理する一軒家で、なんだか賑やかだ。着飾った人たちが行き交い、音楽を奏でていたり、ダンスしたり、酒を飲んでいる。パーティーが催されているらしく、華やかな鳥のようなドレスを着たご婦人の間をくぐり抜け、通されたのは思ったよりも静かで、水中のような部屋だった。壁一面に波紋が広がる。青い光のなか、男とも女とも見分けがつかない美しい人がいた。
「こんにちは。ようこそ、我が家へ」
「あなたがヴィーナンテ?」
「そうです。友よ。出会えて嬉しく思います」
ライオットがブラッドの前に出た。
「こちらは第七王子であられまするブラッドフォード様でございます。ご用件はお聞きしておりますか」
「ええ。なんでも、マジョーリカの話を聞きたいとか。王族の方ならさぞ気になるでしょう」
含みがある。
ブラッドとヴィーナンテの視線が交差する。
「おや、もしや!知りませんか?」
「俺が知っている話があなたの仰っている話かどうかは分かりかねますね」
「これは失礼。ただ、まあ、幾つかありますね」
「幾つか、ですか」
「幾つか、です」
間があった。
「ヴィーナンテ殿の評判は聞き及んでおります。幾つか、支援させていただければと思っているのですが、いかがでしょう」
ヴィーナンテはにこりと笑った。
「では、お耳をわたくしめに近づけてください」
ライオットが眉を潜めた。
ヴィーナンテは微笑んでいる。
ブラッドは耳を寄せた。
「かつて王族にもいらっしゃったのですよ。なんでも、グランディアとの戦いの英雄であらせられる、かつての王がマジョーリカの手によって入れ替えられた王であったとか」
「……………」
そこまで規模の大きな話を見つけようとしていたのではなかったブラッドは戸惑った。沈黙の色を読んで、ヴィーナンテはブラッドの瞳を覗き込んだ。
「おや、まさか」
ヴィーナンテが笑いだした。
「あなたも運のない人だ」
「それがどういう意味かは一先ず置いとくが、マジョーリカが真実なのか、俺は知りたくて、情報を集めてるんだ」
「それはどうして?」
「好きな女性にそんな噂があってね」
「マジョーリカに入れ替えられた女性、ですか。おや、そういうことですか?」
「あなたは、俺を置いていくのが好きだな」
「いや!なんの、面白い。いえ、失礼。それでは、少し待っていただけますか?」
ヴィーナンテは悪戯めいて目を光らせた。手を叩いて付き人を呼び、客人をここに、と言付ける。ヴィーナンテは、楽しそうに笑っている。ライオットが不審な顔をして、ブラッドに目配せをするが、ブラッドは肩を竦めた。やがて間もなく、客人がやってきた。

「こ機嫌麗しゅう、ヴィーナンテ様」

ブラッドは崩れ落ちそうになった。


「って、え?」
「あ、え、エーデルワイス、君がなぜここに」
「え、ええと、その、ブラッド様こそ、どうして……」
前回二人が会ったときは告白の場面だった。それを思いだし、その結果を経て、二人の顔は赤くなったり、肩が落ちたり、目を伏せたりしたが、必死に何か言い出そうと、二人とも相手を気にして、見詰めあい、すぐ視線をそらし、だがそろりと視線を向け、そわそわしている様子をライオットは見詰め、そんなライオットにヴィーナンテが笑いかけた。
何か嫌な予感がした。

「エーデルワイス様はわたくしのスポンサーである、ハニーデッカー様の代理人として来てくれたのです。何故なら、エーデルワイス様はハニーデッカー様の婚約者だそうで。」

いやあ、すでにパートナーとして仕事を手伝われてるなんて、仲がよろしいですねえ、とヴィーナンテが言葉を続けた。

ブラッドは言葉を理解するのに時間を要し、押し黙って目を伏せてるエーデルワイスを見て、そしてライオットを見た。
ライオットは言う。

「大丈夫です、ブラッド様。略奪すればいいんですから」

ブラッドは少し途方にくれた気持ちになった。エーデルワイスのこと、自分はなにも知らなかったのかもしれない。

「……エーデルワイス、君さえよけれは少し話をしたいんだが、いいだろうか?」

エーデルワイスは弾かれたように顔を上げた。揺らいだ瞳が、しっかりとブラッドを捉えた。

「はい、是非」
「有り難う。ヴィーナンテ殿、客人をお借りするがいいだろうか?」
「ええ、どうぞ。となりの部屋をお使いください。窓際の扉から入れますよ。となりの部屋を使う者はわたくし以外おりませんので、ごゆっくり歓談されてください」
「私はここで、待っております」
ライオットがヴィーナンテに顔を向ける。ヴィーナンテがなにかしでかさないか見張ると本人に伝えているがヴィーナンテは気にしないようで、では、お酒でも、と言う。

ブラッドはエーデルワイスと共にとなりの部屋へ移動する。
ライオットは少し息を吸った。

「事態が好転するといいですねえ」

ヴィーナンテはまるで事態が悪化することを望んでいるようだったが、ライオットは怒りも威圧もしなかった。意味がないことは分かっていた。だから、代わりに言う。

「王を入れ替えたマジョーリカの話を聞こう。よく回る舌で、好きなだけ悪辣に語るがいい」

ヴィーナンテは微笑んだ。
例えこれから何が語られようとも、本当のことは、ヴィーナンテの美しさだけみたいだった。

-Tags-

  • ハッシュタグは見つかりませんでした。(または、まだ集計されていません。)

--