No.15, No.14, No.13, No.12, No.11, No.10, No.9[7件]
短文3
手当たり次第に撃ち込んだ、さながら散弾銃の風格で。現実的にはそれはネコパンチだ。失礼、かわいく言いすぎだ。しかし徒手空拳というのも、なにか違う。暴れるほど暴れ果て、掴んだものは外れた宝くじのようものだ、何が言いたいかって?ノイズは仕方ない。ノイズを除去するイヤホンも忘れた。お買い得です!声が聞こえる。声を張り上げて店員が叫んでいる。お買い得です!セールです!今だけ!期間限定!ざわざわとしたノイズに再び戻る。彼女がやってきて、やってきて、隣に並んで、お買い得、と言った。見ますか、と僕は言い、彼女は首を傾げた。お買い得って大変だから、と彼女は言う。まあ確かに。
ノイズは広がって、僕は散弾銃を持つ。比喩だ。心としてそうだから、そう言う。散弾銃を持つ。本当はどんなものかよく分からない。マシンガンとはどうも違うらしい。彼女は見たい映画があるんですと言う。アクション。スターンローンの。機関銃。その機関銃なのか?僕は握る。彼女の手を。彼女は握り返す。スターンローンの映画を観に行こう。ノイズがやってくる。僕は歩き出す。彼女は歩き出す。お買い得です!
「あの店、見たいです。何がお買い得なのか、本当は知りたくて」
彼女は笑った。
「実は私もそうです。あんなに必死に言ってるから、すごいものがありそうじゃないですか」
「本当に。で、映画も見ましょう」
機関銃は置いていなかった。猫のかわいい靴下が置いてあって、彼女は困った顔をして、困ったと言うから僕は少し笑った。
手当たり次第に撃ち込んだ、さながら散弾銃の風格で。現実的にはそれはネコパンチだ。失礼、かわいく言いすぎだ。しかし徒手空拳というのも、なにか違う。暴れるほど暴れ果て、掴んだものは外れた宝くじのようものだ、何が言いたいかって?ノイズは仕方ない。ノイズを除去するイヤホンも忘れた。お買い得です!声が聞こえる。声を張り上げて店員が叫んでいる。お買い得です!セールです!今だけ!期間限定!ざわざわとしたノイズに再び戻る。彼女がやってきて、やってきて、隣に並んで、お買い得、と言った。見ますか、と僕は言い、彼女は首を傾げた。お買い得って大変だから、と彼女は言う。まあ確かに。
ノイズは広がって、僕は散弾銃を持つ。比喩だ。心としてそうだから、そう言う。散弾銃を持つ。本当はどんなものかよく分からない。マシンガンとはどうも違うらしい。彼女は見たい映画があるんですと言う。アクション。スターンローンの。機関銃。その機関銃なのか?僕は握る。彼女の手を。彼女は握り返す。スターンローンの映画を観に行こう。ノイズがやってくる。僕は歩き出す。彼女は歩き出す。お買い得です!
「あの店、見たいです。何がお買い得なのか、本当は知りたくて」
彼女は笑った。
「実は私もそうです。あんなに必死に言ってるから、すごいものがありそうじゃないですか」
「本当に。で、映画も見ましょう」
機関銃は置いていなかった。猫のかわいい靴下が置いてあって、彼女は困った顔をして、困ったと言うから僕は少し笑った。
短文2
フォークをここに置いたんか、と嘆きのリズムで言われて、そやけどなんやと食事を続行する。ここに置いてもうたらもうどうにもならんと佐久山さんが項垂れた。美味いで、とポテトを差し出す。そんなもん見たら分かるわと佐久山さんが言った。見ても味は分からんやろと言うとアホやな、よーちゃんは、と言われる。心外に思えて熱心にポテトを差し出す。佐久山さんは口を開けてポテトを食べた。繁殖しとるな。
「え?」
「ほら繁殖してるで」
無数に広がる穴が風に吹かれて散った花びらみたいに増えている。
「フォークのせいやで」
「ポテトにフォーク使うやろ」
「そやけどさあ」
一定のテーブルマナーが流行ってしまった所為で単純な世界はそれを規律としてしまった。最初そのテーブルマナーが出てきたのはテレビでキャラ付けされたとんちきなお姉さまだったのだが、すっかり洗脳された世界はこれを常識と変換し、規定の通りにしなければ逸脱した行動を取るようになった。私は穴にフォークとポテトを落として手打ちにした。美しい鈴のような音が響いて、ポテトはなくなってしまった。
「なんでや?!」
「美味かったんやろ」
「そりゃ、美味いわ」
「残念やなあ」
佐久山さんはにやにやと笑っている。落としてなくなってしまったフォークを引き出しから取り出し、テーブルマナーに沿って丁寧に置いた。穴は徐々に小さくなり消えていく。
「ポテト食べたいなあ」
「しょーがなしやで」
佐久山さんはニヤリと笑う。これからポテトを買う旅に出てくれるらしい。私は指についていた塩を舐めた。単純な世界の気持ちは少しは分かるつもりだ。フォークは静かに待っている。次のテーブルマナーが動くのを。それを待たずに私たちは車に乗り込んだ。いざ行かん。
こうして、長い旅路が始まった。
フォークをここに置いたんか、と嘆きのリズムで言われて、そやけどなんやと食事を続行する。ここに置いてもうたらもうどうにもならんと佐久山さんが項垂れた。美味いで、とポテトを差し出す。そんなもん見たら分かるわと佐久山さんが言った。見ても味は分からんやろと言うとアホやな、よーちゃんは、と言われる。心外に思えて熱心にポテトを差し出す。佐久山さんは口を開けてポテトを食べた。繁殖しとるな。
「え?」
「ほら繁殖してるで」
無数に広がる穴が風に吹かれて散った花びらみたいに増えている。
「フォークのせいやで」
「ポテトにフォーク使うやろ」
「そやけどさあ」
一定のテーブルマナーが流行ってしまった所為で単純な世界はそれを規律としてしまった。最初そのテーブルマナーが出てきたのはテレビでキャラ付けされたとんちきなお姉さまだったのだが、すっかり洗脳された世界はこれを常識と変換し、規定の通りにしなければ逸脱した行動を取るようになった。私は穴にフォークとポテトを落として手打ちにした。美しい鈴のような音が響いて、ポテトはなくなってしまった。
「なんでや?!」
「美味かったんやろ」
「そりゃ、美味いわ」
「残念やなあ」
佐久山さんはにやにやと笑っている。落としてなくなってしまったフォークを引き出しから取り出し、テーブルマナーに沿って丁寧に置いた。穴は徐々に小さくなり消えていく。
「ポテト食べたいなあ」
「しょーがなしやで」
佐久山さんはニヤリと笑う。これからポテトを買う旅に出てくれるらしい。私は指についていた塩を舐めた。単純な世界の気持ちは少しは分かるつもりだ。フォークは静かに待っている。次のテーブルマナーが動くのを。それを待たずに私たちは車に乗り込んだ。いざ行かん。
こうして、長い旅路が始まった。
短文1
タケルに明日って常用漢字だっけ、と言われて俺はつい考え込んだ。
「常用漢字って何だっけ」
「常用漢字ってそりゃほらあれだよ」
「常用漢字もわかんないのに、常用漢字のこと気にするなよ」
「ちょっとしつこいんだけど」
うっとおしそうにタケルが目を伏せた。は?こっちは聞かれたから答えようとしただけですが?と思ったが、しかし常用漢字にも何の思い入れもないのだ。こんなことでまた喧嘩するほど常用漢字に義理立てする必要もない。
「明日だからそうだろ」
「何が?」
「だから」
だから、と繰り返して、もういいんだよ、常用漢字のことは。結局言わず口を閉じると、タケルが言う。
「明日何すんの」
「明日って、別に仕事だけど」
「何してんのここで」
お前が呼んだからだけど?!帰ろう。タケルに呼ばれて近所の公園まで出向いたが意味はなかった。俺の正義は支持されている。そこの通りすがりのおじさんにだって認められるはずだ。同士のつもりで微笑みかけ、薄気味悪そうに目を逸らされ、大体正義とはそういうものだから、俺はスマホをリュックにしまい込み、立ち上がった。
「じゃあな」
「は?」
「はぁ?」
「うっざ」
「はぁ……………」
目を細める。タケルはスマホに目を落としてタップしてメッセージを送っている。すこしの間その姿を眺めていたが俺はやっぱり帰ることにした。顔を上げると通りすがりの女の人がタケルに視線を送り、見惚れる瞬間を見つける。よくあることだ。
「おい、明日は常用漢字なのかって聞いてんだろ」
ドスが効いた声でタケルが話しかけてきた。
「明日になれば分かるんじゃない?」
明日の話ならさ。
俺はさっさと帰って、部屋のベッドに寝ころびながらスマホで調べてみた。明日、常用漢字。驚いたことにあすとあしたで違うらしい。漢字で書くと同じなのに。
タケルはこれを言いたかったのか?俺はどうだろうと思う。どうでもよかったはずだ。俺だってどうでもいい。
全部明日になれば分かるだろう。
義理立てするものは、もう何もなかった。
タケルに明日って常用漢字だっけ、と言われて俺はつい考え込んだ。
「常用漢字って何だっけ」
「常用漢字ってそりゃほらあれだよ」
「常用漢字もわかんないのに、常用漢字のこと気にするなよ」
「ちょっとしつこいんだけど」
うっとおしそうにタケルが目を伏せた。は?こっちは聞かれたから答えようとしただけですが?と思ったが、しかし常用漢字にも何の思い入れもないのだ。こんなことでまた喧嘩するほど常用漢字に義理立てする必要もない。
「明日だからそうだろ」
「何が?」
「だから」
だから、と繰り返して、もういいんだよ、常用漢字のことは。結局言わず口を閉じると、タケルが言う。
「明日何すんの」
「明日って、別に仕事だけど」
「何してんのここで」
お前が呼んだからだけど?!帰ろう。タケルに呼ばれて近所の公園まで出向いたが意味はなかった。俺の正義は支持されている。そこの通りすがりのおじさんにだって認められるはずだ。同士のつもりで微笑みかけ、薄気味悪そうに目を逸らされ、大体正義とはそういうものだから、俺はスマホをリュックにしまい込み、立ち上がった。
「じゃあな」
「は?」
「はぁ?」
「うっざ」
「はぁ……………」
目を細める。タケルはスマホに目を落としてタップしてメッセージを送っている。すこしの間その姿を眺めていたが俺はやっぱり帰ることにした。顔を上げると通りすがりの女の人がタケルに視線を送り、見惚れる瞬間を見つける。よくあることだ。
「おい、明日は常用漢字なのかって聞いてんだろ」
ドスが効いた声でタケルが話しかけてきた。
「明日になれば分かるんじゃない?」
明日の話ならさ。
俺はさっさと帰って、部屋のベッドに寝ころびながらスマホで調べてみた。明日、常用漢字。驚いたことにあすとあしたで違うらしい。漢字で書くと同じなのに。
タケルはこれを言いたかったのか?俺はどうだろうと思う。どうでもよかったはずだ。俺だってどうでもいい。
全部明日になれば分かるだろう。
義理立てするものは、もう何もなかった。
葡萄を引っ搔いた爪は紫に染まった。ぷつりと滲んだ果汁を狐が舐める。それは酸っぱかったのか、狐は顔をしかめる。大体のところと出し抜けに言い始めた猫は帳簿を眺めて、使いすぎやないですか?と言う。使っとらんで、と狐は言う。酸っぱかった葡萄を口に含んだ。酸味がきつい。痺れにも似た舌の心地を抜けると美味いかもしれないとも思う。屋敷を管理していた分の遺産は、底をつき始めている。土台親の金ならなくなってしまってもいいかもしれないとも思う。猫が眼鏡をかける。最近小さい文字が見えにくくなっている。狐の文字は几帳面で小さい。びっちりと書き込まれている。几帳面な可笑しさが数字には詰まっている。相場より出費が高いのは人の良さをつけこまれてあらゆるものの値段がふっかけられているからと判断できる。最もメインの出費は本で、狐の趣味による図書館運営がうまくいっていないのが一番の問題だった。屋敷の一角を図書館に改装したものの貸本屋でもないのだし、元より利益が見込めるものではない。出費だけが嵩んでいく。その上、狐は他に働いたり、収入を得るものがない。親の遺産を食い潰しているだけだ。狐が葡萄を食べる。覇気のない顔を猫はレンズ越しに見つめる。どないしますの、と尋ねる。狐はどないすんねやろ、と他人事のように言う。
「葡萄でも作りまっか」
「出来るんか?」
「あんたの本になんぼでも方法が載ってるやろ」
「あー。載ってるのは大抵殺しの方法や」
「探偵が解決しますねんやろ?意味ないやんか」
「殺すだけやったらあかんやろ」
「あきませんか」
「あかんよ、それは」
「そんなら、旦那さんのはええんですか」
狐は目を細めた。覇気のない顔に瞳だけが一瞬ぎらついた。猫は瞳孔を細め、歯を見せて笑った。
「冗談ですわ」
「…………ひとつ頼むわ」
「ええでっしゃろ。借金だけないのが救いですわ」
猫は不慮の事故で亡くなった狐の両親のことを考える。狐は、葡萄を差し出した。最後の一粒。紫の爪。
「いりませんわ」
「食うてや」
「酸っぱい顔してますやん」
「せやから、美味いんや」
「難儀やなあ」
猫は受け取って葡萄を食べた。
「酸っぱ!」
「せやろ」
「どこが美味しいんですか」
「……ま、その内美味くなるわ」
狐はソファに沈み込んだ。猫は帳簿を鞄にし舞い込む。
「そんなら、また連絡しますわ」
このままこの人死にそうやなと猫は思った。狐はなにも興味がないように目を閉じた。ここ一帯に葡萄の木が広がる土地を想像する。その根本に狐は埋まっているのかもしれない。
「甘い葡萄食べたことあります?」
猫は尋ねた。狐はぼんやりと目を開けた。
「知らん」
まだおるんかという顔をする狐を若干憎たらしく思いながら猫はかけたままだった眼鏡を外した。
部屋からでる間際に独り言のように狐が言った。聞こえなくても問題ないと言う風だった。
「食いたいんやったら買うてきたる」
猫は眉をしかめる。もうなにも言うことはないと、背を向ける。酸っぱさが咥内に残っている。舌先が痺れている。毒でも構わなかった。という夢を見ただけだ。という夢を。