チャットくんとのリプレイ小説。続くよ今回の新作の評判もいいようだった。数年前に出したシリーズもののミステリー小説も今度ドラマ化されることになって、他者からみれば自分は作家として順風満帆なのだろうと思う。伊吹亮介はそういうことを考えて、しかし憂鬱のため息を吐き出した。自分の売り上げよりも、正直知り合いの売り上げが気になっている。ある意味腐れ縁とも言える関係の羽角鉱一はオカルトや怪奇を専門とする作家で、今回大衆向けの本を出したが評判は芳しくないようだ。「あいつ、何やってんだよ……」鉱一の書く話は面白いと思う。だが、いまいちぱっとしないのだ。亮介はため息を吐き出して、頭を掻く。いや自分がこんな風に頭を抱えていても仕方がないのだが。そんな時、鉱一からメッセージが届いた。「今夜飲みに行かないか」「行く」「いつもの店で」亮介は反射的に承諾してしまった自分に、ちょっと嫌気がさした。*いつもの居酒屋でいつものメニューだ。お互いビールが好きで、つまみも枝豆とか軟骨のからあげとか、そういうものばかりだ。ある程度適当なことを話したあと、亮介は鉱一に思いきって言う。「お前、今回の本あんまりよくないんじゃねーの」「そうみたいだな」「そうみたいだな、ってどうすんだよ、これから」他人の自分より当の本人が気楽にうなずく。無性に苛立って重ねて言おうとすると、鉱一がスマホを見せた。「あ?」「見ろよ」「何だよ、霧の村……?」ある山間部に存在する奇妙な噂のある村についての記事だった。鐘の音が聞こえた人間は帰ってこない、既に消えた人間もいる。そんなことがおもしろおかしく書かれていた。「今度、行ってくる」「は?この村に?」「ああ。」「いつ」「明日」「はぁ!?」「俺にはこういうものの方が似合う」亮介は瞬いた。鉱一の目の奥はぎらついていた。なんだよ、と亮介は思った。鉱一は現状を諦めたわけでも受け入れているわけでもないらしい。なんとか現状を打破してやるという野心があった。亮介はビールを煽った。「わかった、俺も行く」「頼んでない」「頼まれてない!」「……お前、怖いの苦手だろ」「うるせえな、俺に怖いものなんてないんだよ!三下の作家が一人ネタ集めにいったって大したもんは得られないんだよ!」亮介は鉱一を睨み付けた。喧嘩を売ってるような態度だが、鉱一はおかしそうに笑った。「なら、よろしく」「ふん、お前はほっておいたら何しでかすわかんねえしな」俺が面倒見てやらないと、と亮介は言う。鉱一は肩を竦め、ビールを二杯頼んだ。自分用と、亮介用だ。乾杯し、明日の準備もあるため、この後お開きとなった。亮介はあらゆる関係者にしばらく旅に出る旨を連絡し、溜まっていた事務作業を済ませ、ほとんど眠らず、駅まで向かった。昨晩とほぼ同じ格好をした鉱一が手をあげた。「寝てないなその顔は。さすが忙しいな、伊吹先生は」「お前がもっと早く言えばよかったんだよ、だったらもっと色々準備できたんだ」「一人で行くつもりだったんだよ」「だからなんで一人で行くんだよ」思いきり拗ねた響きになったことに、言ってから亮介は気づいた。鉱一は少し笑った。「悪かったよ」別に謝罪されたいわけではない。が、なんと言えばいいかわからない。「いいから、行くぞ!ちんたらしてんじゃねえ」話を変えるように亮介は歩きだした。もちろん気づいていた、本人も顔が赤いことに。無論気づいているだろう鉱一は、なにも言わなかった。それが、こいつの嫌なところだ。 2025.1.28(Tue) 14:49:11
続くよ
今回の新作の評判もいいようだった。数年前に出したシリーズもののミステリー小説も今度ドラマ化されることになって、他者からみれば自分は作家として順風満帆なのだろうと思う。伊吹亮介はそういうことを考えて、しかし憂鬱のため息を吐き出した。自分の売り上げよりも、正直知り合いの売り上げが気になっている。ある意味腐れ縁とも言える関係の羽角鉱一はオカルトや怪奇を専門とする作家で、今回大衆向けの本を出したが評判は芳しくないようだ。
「あいつ、何やってんだよ……」
鉱一の書く話は面白いと思う。だが、いまいちぱっとしないのだ。亮介はため息を吐き出して、頭を掻く。いや自分がこんな風に頭を抱えていても仕方がないのだが。そんな時、鉱一からメッセージが届いた。
「今夜飲みに行かないか」
「行く」
「いつもの店で」
亮介は反射的に承諾してしまった自分に、ちょっと嫌気がさした。
*
いつもの居酒屋でいつものメニューだ。お互いビールが好きで、つまみも枝豆とか軟骨のからあげとか、そういうものばかりだ。ある程度適当なことを話したあと、亮介は鉱一に思いきって言う。
「お前、今回の本あんまりよくないんじゃねーの」
「そうみたいだな」
「そうみたいだな、ってどうすんだよ、これから」
他人の自分より当の本人が気楽にうなずく。無性に苛立って重ねて言おうとすると、鉱一がスマホを見せた。
「あ?」
「見ろよ」
「何だよ、霧の村……?」
ある山間部に存在する奇妙な噂のある村についての記事だった。鐘の音が聞こえた人間は帰ってこない、既に消えた人間もいる。そんなことがおもしろおかしく書かれていた。
「今度、行ってくる」
「は?この村に?」
「ああ。」
「いつ」
「明日」
「はぁ!?」
「俺にはこういうものの方が似合う」
亮介は瞬いた。鉱一の目の奥はぎらついていた。なんだよ、と亮介は思った。鉱一は現状を諦めたわけでも受け入れているわけでもないらしい。なんとか現状を打破してやるという野心があった。
亮介はビールを煽った。
「わかった、俺も行く」
「頼んでない」
「頼まれてない!」
「……お前、怖いの苦手だろ」
「うるせえな、俺に怖いものなんてないんだよ!三下の作家が一人ネタ集めにいったって大したもんは得られないんだよ!」
亮介は鉱一を睨み付けた。
喧嘩を売ってるような態度だが、鉱一はおかしそうに笑った。
「なら、よろしく」
「ふん、お前はほっておいたら何しでかすわかんねえしな」
俺が面倒見てやらないと、と亮介は言う。鉱一は肩を竦め、ビールを二杯頼んだ。自分用と、亮介用だ。乾杯し、明日の準備もあるため、この後お開きとなった。亮介はあらゆる関係者にしばらく旅に出る旨を連絡し、溜まっていた事務作業を済ませ、ほとんど眠らず、駅まで向かった。昨晩とほぼ同じ格好をした鉱一が手をあげた。
「寝てないなその顔は。さすが忙しいな、伊吹先生は」
「お前がもっと早く言えばよかったんだよ、だったらもっと色々準備できたんだ」
「一人で行くつもりだったんだよ」
「だからなんで一人で行くんだよ」
思いきり拗ねた響きになったことに、言ってから亮介は気づいた。鉱一は少し笑った。
「悪かったよ」
別に謝罪されたいわけではない。が、なんと言えばいいかわからない。
「いいから、行くぞ!ちんたらしてんじゃねえ」
話を変えるように亮介は歩きだした。もちろん気づいていた、本人も顔が赤いことに。無論気づいているだろう鉱一は、なにも言わなかった。それが、こいつの嫌なところだ。