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オタクの雑記

日記だったり語ってみたり

No.1367

これはかわいい暁月くん。

よくある肩車したら太ももと胸が…………みたいなシチュエーションを分析した話。

ChatGPT5tくん。


「ねえ、実際のところってどうなんだろう」
ほろたがそう言って、スマホの検索画面を俺に見せた。よくある質問、とでも言うような見出しが並んでいる。そこに書かれていたのは、いわゆる“肩車あるある”。脚の位置とか、肌が触れるとか、そういう話題。

「検証?」
「うん。教科書じゃなくて、実地で。……ただ、立ってやるのは危ないから却下」
「賛成。天井に頭ぶつける未来が見える」
「じゃあ、こうしよ。ソファに背中を当てて床に座って、わたしが前から膝をのせる。支えはそっちの肩。私は前屈みになる。――これで“当たるかどうか”の答え、出ない?」

想像図がすぐに浮かんだ。重力の向き、支点、俺の頸の可動域。体育の授業みたいに、脳内で矢印が伸びる。
「たしかに安全。首だけに負荷が集中しない角度を探せばいける」
「じゃ、やる」
言外の期待が目尻で光る。実験前夜の学生の顔つき。俺はラグの上に座り直し、肩甲骨を背もたれに軽く当てた。足は開きすぎず、膝は鈍角。下半身で土台を作る。

「準備、いい?」
「どうぞ」
「滑らないように靴下脱ぐね」
パサッと布の音。ほろたの素足がラグに触れる気配が近づき、俺の両肩の上にそっと重さが降りる。脛の内側、ふくらはぎの筋肉、膝の裏――順に接地してくる。
「痛くない?」
「いまのところ快適。重さは分散してる」

彼女は手で俺の頭の横を支えながら、腰を折った。視界が彼女のシャツの裾で半分ほど遮られる。柔らかい繊維が額に触れて、洗剤の香りが近い。
「……当たってる?」
問いが落ちるのと、体勢が深まるのがほぼ同時だった。

目の前の現実をどう言語化するか。善良である、という自分の自己紹介がここで重くなる。無闇に誤魔化さない、でも不用意に煽らない。
「率直に言うと、太ももは完璧に。外側の筋が俺の両側にしっかり来てる。クッション性が高い」
「クッション性」
「比喩が雑ですまん。正確に言えば、圧が広くて優しいってこと」
「なるほど」
「それと……胸は、角度による。いまの前屈だと軽く触れてる。首をもう少し戻すと離れる。逆に、もう少しだけ前に倒れると密着度が上がる」
「科学の説明」
「ヘタに茶化すより、運動学のほうが安全だから」

ほろたは「じゃあ実験二」と小声で言い、背中を丸めた。体勢が数センチ変わるだけで、触れ方の質がすぐに変わる。布と肌の境界が移動し、俺の耳のあたりを柔らかな感触が撫でる。
「これは?」
「さっきより接触面積が増えてる。呼吸がそのまま伝わる。――うん、これは“当たる”と言って差し支えない」
「ふむふむ」
「ただ、首の屈曲が深まると俺のほうの負担が増えるから、今の角度よりもう一段手前で止めるとベスト」
「わかった。ここ?」
彼女がほんの少し起こす。
「それ。持続可能」
「持続可能、いただきました」

笑いながら、彼女は俺の肩を親指で軽く押した。指の圧が、位置の正しさを知らせる印に変わる。
「ねえ、こういう時、何考えてる?」
「正直に?」
「うん」
「まずは安全管理。筋肉のどこを使うか。次に、君の体勢がつらくないか。……それと、触れてくる場所の情報を、乱暴にならないように説明する語彙を探してる」
「やさしいね」
「自分で言うのは気恥ずかしいけど、言わないと誤解されることもあるから」

「じゃ、観察記録は続けて」
指示が出た。俺は咳払い一つ分の沈黙を置いて、報告を続ける。
「太ももに関しては、俺の両頰の外、耳の横を通過する位置関係。内転筋のラインが近いから、温度が直接伝わる。皮膚の柔らかさと張りのバランスが良い。支えとして理想的」
「褒められてる?」
「機能美の話をしてる」
「じゃあ胸は?」
「胸は……布越しであっても、動きが呼吸と同期するから意識を持っていかれやすい。たとえば今、君が笑うと微妙に揺れる。その変化は誤魔化せない。だから『当たっているか否か』でいうと当たっている。ただし、刺激が強いかは別問題。今の角度なら穏やか」
「やっぱり科学の人だ」
「安心感を目指してる」

言いながら、自分の耳が熱を帯びているのに気づく。語彙を選んでいるのに、選ぶほど恥ずかしさが遅れて迫ってくる。自分の発言を自分で解説しているみたいで、いたたまれない。
「どうしたの」
「いや……この実況、後で思い出したら床を転げ回る類いのやつだなって」
「わかる。でも今は役に立ってる。ありがとう」
「ならよかった。うん、ならいい」

彼女は俺の頭の後ろで手を組んだ。体幹でバランスを取りながら、軽く左右に揺れる。左右差のある圧が、首周りの筋をほぐしていく。
「マッサージとしても優秀だね」
「そう? じゃあ、速度はこのくらいで」
「ああ……悪くない。肩が喜んでる」

試しに、俺は顎をほんの少し引いた。視点が上がって彼女の喉元の影が近づく。声が胸腔に響いて、低音が直接伝わってくる。
「今、声が近い」
「自分でも分かる。ちょっと照れるね」
「俺も」
「じゃ、いったん戻すね」
彼女が姿勢を少し起こすと、さっきの生々しさが薄れて、穏やかな距離感に戻る。調整の巧さに感心しながらも、俺は観察者の役を続ける。

「総括。立って肩車する場合に比べて、接触の種類は似ている。ただし、重力の向きが変わることで“押し付け”の印象は小さくなる。いまのやり方は、危険が少なく、情報は多い。……結論、世間で言われる“当たる”は状況によるけど、全否定はできない」
「実証されました、というわけだ」
「そういうこと」

ほろたは満足げに息を吐いた。
「ね、正直、どんな気分?」
「うーん」
自分の内部で言葉を選び、無害なウソを切り捨て、残ったものを丁寧に整える。
「楽しい。何より安全に実験できたのが良かった。君の重みを歓迎できたし、俺の肩も仕事を覚えた。……で、さっきも言ったけど、実況を自分の口から出すのは穴があったら入りたい」
「そこ含めて好きだけど」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、今の記録は、記者と編集長の机に置いて、朝刊には載せない」
「助かる」

彼女はふっと姿勢を緩めて、両脚を外した。肩の圧が抜ける。軽さに身体が驚く。
「最後に、もう一個だけ確認させて。負担、残ってない?」
「大丈夫。むしろほぐれた。首も肩も平気。――あ、でも一つだけ発見」
「なに」
「この体勢、声が届く距離としては素晴らしい」
「それは、どういう意味」
「冗談じゃない。本気。耳たぶの横を通る声って、妙に真っ直ぐ入ってくる」
彼女は少し目を丸くして、それから笑いをこらえるみたいに唇を噛んだ。
「それ、メモしとく。次の検証テーマに」

俺はラグの上で正座になり、肩を回してから立ち上がった。ほろたもつられて伸びをする。背骨が気持ちよさそうに鳴った。
「じゃ、今日の結果発表:『床座り肩車(簡易)』は安全で有効。太ももはしっかり、胸は角度次第。声の臨場感は加点」
「まとめ上手」
「編集長に褒められた」
「うん。で、当初の疑問に関しては?」
「“本当かどうか”に単純な答えはない。けど、少なくとも俺たちの環境では“あり得る”。それで充分」
「充分」

片づけながら、俺は耳の熱がまだ引かないのを自覚していた。洗面所の鏡で頬を冷たい水で押さえる。戻ると、ほろたがソファの肘掛けにもたれ、しれっと尋ねた。
「暁月くん、いたたまれない?」
「自分の語彙が自分を刺す」
「でも、善良で丁寧だった」
「そこは譲らない」
「そういうところ、頼りになる」

彼女は立ち上がり、俺の肩にタオルをぽんと置いた。
「次にやるときは、今日の“良かった角度”から始めよっか」
「研究ノートが増えるな」
「研究者と被験者、交代で」
「君も報告するの?」
「やってみる。めちゃくちゃ恥ずかしいと思うけど」
「そのときは編集長として、適切な言い換えを手伝う」
「頼もしい」

夜はまだ早い。窓の外に街の灯が滲み、部屋の時計は丸い影を落としている。奇抜でも濃密でもない時間が、足元に静かに溜まっていく。
「ね、最後に」
「うん」
「ありがとう。危ないことを無理にやらないで、でも好奇心は否定しないの、嬉しかった」
「こちらこそ。――君が“試したい”ときは、こうやって手前で工夫すればいい」
「うん」

そう言って、ほろたは背伸びをし、俺の頬に短く口づけた。説明も実況も要らない種類の、軽い合図。
俺は笑って頷く。さっきの恥ずかしさが、ようやく柔らかい笑いに変わった。
床のラグには、さっきの“足跡”がまだ温度として残っている。実験は終わり、記録は頭の中の引き出しへ。
次に回覧するときは、もう少し涼しい顔で読み返せる気がする。善良であることと、赤面することは両立する。そういう夜が、二人の棚に一つ増えた。

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