No.62, No.61, No.60, No.59, No.51, No.46, No.42[7件]
#レイ主
「起きたらあなたが、いないのはどうして?」
彼女の声は寝ぼけていてたまたま通話に出れた彼は一瞬何の話か分からなかった。
「夢の話をしているのか?」
おそらくそうだろうと検討をつけると、彼女は夢と繰り返した。
「夢なの?」
「夢だろう、私はずっと仕事していた」
「ギャッ!」
すごい声が上がった。
「あの、ごめんなさい、仕事が忙しくてくたくたで眠ったら夢と現実が分からなくなったみたい」
「私が夢にいたのか?」
彼女が押し黙った。彼は妙に急いた気持ちになった。
「そう、」
やけくそみたいに彼女は言った。
「あなたの夢をみたの!悪い?!」
「悪くはない」
彼は自分の高揚を押し殺した。が、彼女は恨めしそうに言う。
「にやにやしないで」
「してない」
「もういい、仕事を邪魔してごめん。もう切るから」
「今日は家にいるのか?」
「寝てる!」
「なら、今から行く」
えっという声がして、待たずに通話を切った。急いで準備して彼はオフィスを出た。看護師に言付ける。
「ゆっくりでいいですよ、先生、暫く帰っていないんですから」
彼は礼を言い、病院を出て車に乗った。本当は運転をしていい体調ではなかったのかもしれない。あきらかに寝ていなかったから。自動運転機能を強めに設定し、しかし、急いだ。
電話が鳴る。
彼女だ。
彼は出ない。
「………あなたって」
寝癖で髪を跳ねさせた彼女は呆れたような感心したような顔をした。
「よく事故を起こさなかったね?」
「疲れた」
「………そう」
お疲れ様、レイ先生。彼は抱き締めながら彼女の声を聞く。ずんとのしかかる眠気と疲労を感じた。彼女もそれに気づいたらしかった。背中をさすってあやすようにし、手をつないで彼女がベッドに案内してくれる。彼は素直にベッドに横になった。
「アラームはセットしてる」
「そこは起こしてくれ、じゃないの?」
「そんな不確実なことはしない」
「わかった、キスで起こしてあげる」
彼は眠気に抗いながら彼女を見た。彼女がベッドに片膝を乗せて、彼に屈んだ。
「有り難う」
少し伸びた無精髭を撫でるように指が顎先に触れて、頬にキスが落ちる。
彼は目を瞑った。
規則正しい寝息が聞こえる。彼女は唐突に現れて、すぐ寝入ってしまった彼の寝顔をまじまじと眺める。笑ってしまうような胸の温もりに、彼女は素直に笑って、彼の頬を撫で、毛布をかけた。しばしの間、彼女は彼を見つめ、指先を絡め、髪を撫でた。
その内無粋なアラームがこの時間を壊すまで、彼女は彼との新しい夢の続きを見ていた。
#あむあず
最初に気づいたのは安室から香る香水だった。立体的な甘く上品なもので、親しみや気安さというよりはゴージャスな花の香りだった。包み込まれるとうっとりとしてしまいそうな、そんな香りだ。珍しく?なのか、スーツを着た安室透は、今日は大丈夫でしたか、と言った。
「全部マスターのおかげですよ」
つい、拗ねるような響きになった。榎本梓は口を尖らせる。バレンタイン当日の今日、シフト予定だった安室透は朝イチで休みの連絡をしてきた。元よりマスターも入るシフトだったから、一日を通して店は回ったが、安室透目当ての客が何人もいて、店にいる梓に、よもや安室透を隠してはいないだろうな?と言わんばかりの厳しい目と探る目を向けてくるものだから、針の筵だった。ちくちくと言葉で牽制してくる客もいて、すっかり梓は疲れてしまったところ、あとは大丈夫だよとマスターが仕事を終えるように言ってくれたのだ。
「もうほんとマスターがいなかったら!私は恋の剣で串刺しでしたよ」
「恋の剣…………」
「ほんとそうなんですから!………だから、安室さんはいない方がよかったのかもしれませんね」
「すみません」
「本業は大丈夫なんですか?」
安室は瞬いた。梓は首をかしげる。
「探偵。大事な仕事だったんでしょう」
「あ、はい。愛を伝える日にも野暮なひとはいますから」
「ふふ、その言い方、キッドみたい」
変な間が出来た。
「って、安室さんはどうしてここに?」
梓の帰り道の途中だ。見慣れた車から、見慣れたひとが出てきて驚いたのだ。
「今からお店に出勤ですか?」
「ええ、まあ」
「それは………がんばってくださいね」
同情的な響きをもって梓は言う。安室は笑った。その魅惑的な香りと共に。
「香水、つけてます?」
「え、ああ、」
安室は自分の袖を嗅いだ。
「移り香みたいですね、依頼人と会っていたんでその時ついたかな?」
「…………」
バレンタインに呼び出すなんて、安室さん狙いなんじゃあ?と、梓は思ったが思っただけに留めた。
「梓さんは今日、シフト入って大丈夫でしたか?」
「あ、はい。今日はのんびりするつもりでしたから」
「バレンタインなのに?」
「……………どういう意味ですか?」
それは確かに今は付き合ってる人はいないが。梓は眉を寄せた。安室が、いや、と慌てた。
「良かったです。あの、今日のおわびも込めて受け取ってください」
安室はずっと下げていた紙袋を、梓に差し出した。名前だけは聞いたことがある、世界的コンクールで優勝したパティシエが作るという一粒が1000円以上する恐ろしいチョコだ。
「いいんですか?」
断る理由がない。自分を浅ましく思ったりしたが、食べたい!梓は自分に誠実でありたい。安室はにっこり微笑んだ。
「もちろん」
「でもこんなお高いチョコを」
微笑まれると梓は一瞬たじろいだ。
安室は梓の手に紙袋を握らせながら言う。
「あの時告白しましたし、本命なのはわかってると思いますが本命チョコです」
「え、やっぱり」
「梓さん、チョコに罪はないですよ」
安室にはありそうな言い種だ。梓は顰めっ面になる。
「ていうか、私、安室さんの好みじゃないですよね?」
「え?」
「まあ、チョコには罪はないですけどぉ」
どうせこれも冗談だろうという構えで梓はチョコを受け取る。冗談にしてしまいたい。冗談なんでしょう、そういう顔で安室を見る。安室は、眉を下げて笑った。
「送りましょうか」
「いえ、マスター一人ですし、お店に行ってあげてください」
あの店はマスターの店で、マスターさえいれば実質回る。二人ともわかっている。なにせ、働いているのだし。
「それじゃ、気をつけて帰ってください」
「有り難うございます、頑張って」
「はい」
安室からはいい匂いがする。それが少し他人行儀に思う。コーヒーの匂いのする安室だったらどうしていただろう。いつものエプロン姿なら。
好きって言うなら、今じゃない?と思ったが、安室は運転席に戻ってしまった。梓はそれを残念に思うべきか、安堵すべきなのかは分からなかった。走り出す間際、安室は少し頭を下げた。梓は、笑う。種も仕掛けもなく、チョコレートはチョコレートだった。
そういう、実は気の利かないところを、梓は可愛いなと思っていたりするが、それは安室には秘密だ。
#あむあず
「安室さんって、去年のクリスマスはどうでした?」クリスマスの準備をしているのだから聞かれるのは当然のことだろう、会話のひとつとして彼女は言い、彼はなんでもないことのように返した。
「仕事していましたね」
「探偵さんは休みがなくて大変ですね」
「ええ、まあ、そういう人々が浮き足だってる時にトラブルは起きやすいですから」
「今年は大丈夫なんですか?」
「尾行するよりかはケーキを売る方がいいですから」
「夢がありますもんね~」
大変ですけど、と彼女が腕を擦った。先程まではクリームをたくさん泡立てていた、マスター発案のケーキの受注は、大人気だ。そもそもマスターの顔が広いから、ふらっと出先で受注してくる。さすがにこれ以上は間に合わないから、受付はやめている。商店街にはケーキ屋もあるから、その折り合いもある。
「梓さんはどんなクリスマスでした?」
「私も仕事ですよ」
「去年はケーキの販売なかったんですよね」
「その代わり商店街のパーティーが」
納得。
二人で笑った。
「そういえば昔ケーキ屋さんになりたかったような、気がします」
彼女が言う。
「夢が叶いましたね」
「そうですね、安室さんは何になりたかったですか」
「なってますよ」
「探偵に?」
彼は笑った。
「いいなあ」
「どうして」
「ちゃんとしてる感じがするので」
「夢を叶えるのが?」
「違います?」
「梓さんも、でもそうでしょう」
「ははは」
彼女は冷蔵庫を見つめた。新しく倉庫にでかいやつが導入された。来年もこの人はここにいるのかなと彼女は思った。
「マスターのクリスマスケーキってどんなかんじですか?」
「お酒の味ですよ」
「へー」
「ジャムが塗ってあってスポンジに洋酒が浸してあってクリームは滑らかで、美味しいですけど、子供向きじゃないかも。今年も作るみたいですよ、常連さんには」
「食べてみたいですね」
「作ってくれますよ、きっと」
「大人ですもんね」
「マスターはサンタクロースだから」
「それは冗談ですか?比喩ですか?」
「真実ですよ」
彼女は言った。
彼は二年前のクリスマスのことも聞こうと思った、それ以前のクリスマスも。
「赤が嫌いなのってクリスマス由来とか?」
「秘密です」
「そっかあ」
サンタクロースは好きでした?と言われて、彼は笑った。
「善良な人は好きですよ」
「大人目線の解答ですね」
「不法侵入はどうかと思いますが」
「探偵もそうなんじゃないんですか?」
「犯罪者と一緒にされるのは心外ですね」
「すみません」
「いえいえ、どうも」
彼は帰り支度を始めた、上着を着るついでに言う。
「初めて一緒に過ごすクリスマスですね」
「…………………炎上!」
「がんばりましょうね」
何を。
彼は笑う、送りますよ。彼女はふっと視線をはずした。
「この近くにきれいなイルミネーションがあるって聞きました、よ?」
「クリスマスですからね」
「はい、クリスマスです」
「あっという間にお正月で、あっという間に春ですね」
「はい」
「でも、クリスマスは今だけなので」
「そうですね」
「楽しみましょう」
「目指せ商店街のサンタクロース」
ほんとは、と彼は聞いた。二年前のクリスマスのことを。彼女は笑って、店の外に出た。扉を開けて待つ彼女に彼は肩を竦めた、良い子のもとにサンタクロースはやってくる。彼に必要なのは夜道を迷わず導いてくれる真っ赤な鼻だった、憎むべき赤が世の中にはたくさんあり、しんと冷えた空気が彼女の鼻や頬を赤く染めるのは、しかし、そう悪いことではなかった。
アナウンス
※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
レイはいつものように引き出しを開けた。そこには必ず糖分補給に必須の飴やチョコ、マシュマロなんかがあり、しばし、定期的にレイはそれをつまむ。彼女に健康のことを口煩く言う割に彼は仕事中心の不健康な食生活を送っている。今日もそうしようとし、そして見慣れぬ箱を見つけた。かわいい雪うさぎのイラストが入った愛らしい箱だがレイは自分のために買うタイプではない。思った通りにメッセージを見つける。虫歯のひとは食べちゃダメ!もちろん、レイは虫歯なんかではない。欠かさずフロスしているし、磨きも忘れていない。前に痛んだことがあったがそれも過ぎ去った。だから、レイは箱を開けて、雪だるまみたいにころころしているスノーボールクッキーをひとつ食べた。溶けるような食感のそれをもう一度食べ、簡素に、なるべく無愛想に端末でメッセージを送った。
私は虫歯ではない。
スタンプがすぐ送られてくる。無言の意味を示す。呆れて黙っているつもりか?と送ると、理解しているみたいだね、とテキストが送られてきた。
声が聞きたくなった。テキストを読んだだけで、表情と声が再現できた。彼女はそれでもいたずらが成功したみたいな顔をしているだろう。
得意気だ。
そう返すと、意外と見つからなかったから、と言う。私が仕事をしていただけだ、と言うと、それは私も同じ、と返ってくる。随分暇そうだが、と送ると、今は休憩してるの、と言う。それから居場所が送られてきた。ランチを食べてるの、あなたもどう?
彼は立ち上がろうとした自分の足を諌めるのに気力を要した。残念だが、今から会議と手術の予定がある。彼女の表情が曇った気がした。ちゃんと食べた?食べた。お前の贈り物を。
分かった、と彼女が言った。差し入れするからそれを食べて。仕事は?と言うと病院の方角で用事があるから。彼は、また気力を要した。それなら、今すぐ顔を見せてくれ、とは送れなかった。
感謝する。
彼女が笑った。
彼は自分が休みを取っていないことに気づいた。メールで打診すると、調整してからになるが、必ず休みを取ってくださいと返信がきた。彼は息を吐いた。
彼女からもうメッセージは来ない。満足したのだろう、自分の親切さに。お節介さとも言うが。
彼はもう一度彼女からの贈り物を食べる。甘さが寄り添ってくれる気がする。彼は会議の時間までレストランを検索し、やがて彼女が気に入るだろう店をメモに残すと、レイ先生になるべく、仕事に戻った。検索している間に食事をした方がいい?彼女からの差し入れが届くのに、彼はそんな愚かなことをするほど、愚かではなかった。