No.67, No.66, No.65, No.64, No.63, No.62, No.61[7件]
#レイ主
ずいぶん真面目にあなたは思い悩んだ。戸惑い、躊躇、照れ、恥ずかしさ。愛しさ。忙しい仕事の合間にチョコレートのバーを齧りながらあなたは辞書や例文集をいくらでも読み、ラブソングも聞いたし、小刻みの時間でラブストーリーの映画も見た。夢でもそれに思い悩み、起きて真っ白の便せんを目の当たりすると、頭痛がするようだった。誤解がないように言えば、あなたは不本意に嫌々、やっているわけではなかった。寧ろ積極的に意欲的に取り組んでいた、あなたは自分はロマンチストではなく、情緒の欠片もないと思っている節がある。実際の彼女の印象はその逆にも関わらず。自分が成し遂げたものを彼女に直接手渡すことを考えると頭がぐらぐらした、恥、恥ですらなかった。ためらいだったし、恐れだった。もし、――もし、彼女の表情に何も思い浮かばなかったら?あなたは完璧を求め、―――挫折し、ペンを置いた。彼女に手紙を贈りたかった。彼女が何度も貰ったことがある、ラブレターを。あなたは事実に嫉妬したわけではなかった。いやほんのちょっと、実際嫉妬もあったかもしれない。でも、あなたは彼女が思うよりも純粋に彼女のことを愛していたから、その思いを形にしたかった。文章にして彼女に差し出したかった。それを読む、彼女の眼差しや、驚きや、微笑みが見たかった。あなたは眼鏡を置いた。目頭をもみ、ため息を吐いた。
「レイ先生ってば、根詰めすぎじゃない?」
「…………いつから」
あなたは冷静に言った。冷静に。
彼女は楽しそうに笑った。
真向いの椅子に彼女は座っていた。
診察を待つ患者みたいに。
「そんなに悩むなんて誰への手紙なの?レイ先生、まさか論文じゃないだろうし」
「………本当に、診察か」
「え、そう、そうだよ。一体どうしちゃったの?本当に忘れてたの?」
あなたは沈黙した。
彼女は真剣な顔になり、
「一体いつから休んでないの?大丈夫?」
あなたに近づいて、額に手をあてた。熱を計っている。特に変わりがないと知って、医者のようにあなたの頬を触り、あなたの隈を見つける。
「……そんなに大変な手紙だったりするの?何か、私に手伝えることはある?」
あなたは沈黙を選んだが、彼女の瞳は嘘を吐かせなかった。
「お前への手紙だ」
「え?」
「前に話しただろう、手紙を贈ると」
彼女は何回かまばたきしたあと、口を開けた。
「…………」
「何か言ったらどうだ」
「……何か、って。あなたって本当、時々、思いがけないことを言うよね」
「有言実行なんだ」
「それは知ってるけど」
でも、と彼女はあなたの頬を撫でる。
「心配になるよ」
「……そんなに酷い顔をしているか?」
「というより、優秀な医者であるレイ先生が大事な患者の診察の予定を忘れるなんてね」
「……」
「……そんなに私に手紙を書くのは大変だった?」
彼女は責めるというよりおかしそうだった。
あなたは彼女を見つめ、
「お前への、想いを言葉にするのは苦労する」
「そう」
「溢れて、」
彼女が固まった。
「どう言えばいいのか、分からなくなる」
「――そう」
あなたは彼女から視線を外さなかったが、彼女は先に目をそらした。薄っすらと頬が染まっていた。彼女はそれをごまかすみたいに、何も書いていない便せんを手に取った。
「じゃあ、これはそういうことが書いている手紙ってこと?」
「何も書いてないだろう」
「そういうことなんでしょ」
彼女が意地になったように言う。あなたは少し笑った。
「そうだな」
「うん――それで、診察はするの?」
それはありふれた言葉だし、聞きなれた単語だ。
あなたは一瞬揺らいで、時間を確認して、彼女を見る。
あなたと彼女の視線は交差する。
―――が、看護師から呼び出しが入った。
「レイ先生、すみません。緊急の呼び出しです。対応できますか?」
「今行く」
「今行く」
と、彼女が看護師に聞こえないように繰り返した。
「……すまないが、診察の予約を入れ直してくれ」
「はい、レイ先生」
聞きわけのいい患者のふりをして、彼女が頷く。
あなたは見送る姿勢でいる彼女を通り過ぎる間際、彼女の手を握った。
彼女は驚いて、握り返そうとし、その瞬間、あなたは離れた。
それからあなたは自分の職務を全うした。
デスクに戻り、あなたは残された手紙に気づいた。
----------------
親愛なるレイ先生へ
次の診察日は忘れないで!
どれだけ私のことを考えていても、目の前の私をちゃんと見て。
あなたの大事な患者より
-----------------
あなたは幾度となくその文章を読み返して、椅子に深く凭れて息を吐いた。
あなたは今すぐ会いたかった。彼女に。
#七マリ
「来週からコーヒー農園を見に行ってくるね」
と、彼女が言う。アクセを磨いてた手を止めて、顔を上げる。
「えっ、どこに」
彼女が名前を挙げたのは外国だったが、ぱっと聞いてどこの国か分からない。彼女がぎゅっと近寄ってきて、身を傾ける。いい匂いがした。スマホを操作して、ここだよ、と言ってもまだドキドキしていたけど、
「遠っ」
「うん、遠いよぉ。飛行機も乗り継ぐみたい」
「えっ、ま、待って。一人で行くのか?」
「ううん、みちるさんとひかりさんと」
二人のお知り合いが持ってる農場なんだって、と言う。ほあー。セレブな世界だ。詳しく根掘り葉掘り聞きたさもあったけど、
「……いつから決まってたの?」
「え?昨日だよ。だから今日実くんに話してるの」
ほら、とメッセージのやり取りを見せてくれる。すごすぎない?そういうやり取りって人に見せられるんだ。
「ふふ、いきなりでびっくりした?」
「そりゃもう……でも、パスポートはあるの?」
「うん、前にお父さんに会いに行ったから」
「あ、聞いた気がする……」
彼女の父親は海外赴任中で、時々会いにいくと聞いたことがある。日本に帰国してもいいけど、せっかくなら、ということで家族団らんも兼ねているらしい。
「…………」
大丈夫だと思う。あの二人が一緒だし、何より彼女のことを大事にしているから。
彼女の手を取る。喫茶店の仕事をしているから、指先は少し荒れていて、爪は短い。指の腹でなぞると、彼女がくすぐったそうに笑った。
「あのさ、カッコ悪いこと言ってもいい?」
「実くんはいつでもかっこいいよ♡」
「あっえっ、アリガト…………」
彼女がニコニコしている。うまく言葉にならなくて、引き出しを開けた。メイクボックスの隣。しまい込んでいた指輪がある。
「行く時、良かったら、これをつけて、いってくれると嬉しいデス……」
「……指輪?」
「ちゃんとしたやつじゃなくて、チープなやつなんだけど……でも、かわいかったから、前に買ってて」
「そうなんだ?いつ?」
「………高校一年の時」
「実くん、おしゃれだもんね」
「違うくて。美奈子……いいな、と思って、買ってたの」
「えっ」
「どう、かな」
「一年の時って、まだ」
「そう、まだ」
おもちゃみたいなオレンジ色のプラスチックのリングに、これもプラスチックのピンクのお花がついていて。その真ん中に、ピンクの濃い石がはめ込んである。石、というか、古いボタンを削ったような気もする。なんとなく、見たとき、彼女の顔が思い浮かんで買ってみたけど、あげるのは思いとどまった。そういう話をしたら、彼女は照れ臭そうに、嬉しそうに微笑んだ。
「有難う」
「……うん、ま、そーいうコトなんで」
「つけてくれる?」
「あ、はい………」
やべえ。ドキドキする。
彼女の手を取って、自分より小さくて、細い指が愛しくって握るようにして撫でて。彼女の瞳が期待を含んだように輝いていて、きらきらしてて。直視できなくなって、うつむきながら左手の薬指にはめた。
「えへへ」
彼女が手を開いて、指輪を見る。
かざしたり、手を傾けたり、いろんな角度から見ている。
高校一年の時ってこんな未来、思い描いていたんだっけ。まだ、秘密がバレて厄介だなあとしか、思ってなかった気もする。
「有難う、実くん。すっごく嬉しい♡」
「……うん。良かった。やっぱ、似合うし、スキ」
「うん、わたしも好き。大好き♡」
彼女の髪を耳にかけて、じっと見ると彼女が察してくれた。キスをして、眼鏡は相変わらず当たるけど、彼女がよく笑う。
「……わたしも何か返したい」
「え、いいよ」
「よくないです」
「あとでモールにでも行く?」
「そう…じゃなくて………」
む、と考え込んでしまった彼女の眉間を触る。
「もう!ちょっと待って」
「ヤダ。待たない」
またキスをすると、バタバタと彼女がかわいく暴れて見せた。
ぎゅーと抱きしめていると、
「あ、そうだ」
彼女が腕から逃れてゆく。
鞄を探って、取り出して見せたのは絆創膏だった。
彼女は真剣な顔をして、
「実くんの、手、借りるね」
「ドーゾ」
左手の指に絆創膏を巻くと、ペンでハートを描いた。
まじまじと見ていると、彼女はもじもじとする。
「えっとね、予約、のつもり……」
「予約?」
「指輪の……。一生分の………」
「一生分………一生分?」
「実くんの、ここにわたしの贈った指輪をずっとつけてもらうの!」
顔を真っ赤にした彼女は言い切った。
「ダメ、……って言ってもダメ、だから……ね!」
「……それって絶対?」
「絶対!」
「絶対。」
「絶対なの」
「それは、そのー……拒否られないじゃん」
「そうだよ」
「約束?」
「約束」
彼女が俺の顔を見た。
「……嫌?」
「なわけないし!!!!!!!!!」
語彙力が死んでいた。実際今も思いつかなくて、もう一度抱きしめた。キスして、それ以上もして、彼女は本当に来週旅立って行って、一週間ぐらい不在だった。喫茶店にはヘルプの人が来ていたけど、物足らなかった。
「nanaくん、それ、怪我したの?」
モデルの仕事中、仲の良いスタッフさんに言われて、咄嗟に口ごもった。外した方がいいのはわかっている。珍しく煮え切れない俺の態度に、努めて言葉を選びながら、事情を話した。
「かあっ」
「えっ」
「いや、えーと、そうだ」
結局、指輪を二つ重ねてつけることになり、気遣いに感謝した。彼女が帰国後、ずっと絆創膏をつけたままだった俺にびっくりして、かぶれちゃうよ、という心配をしてくれたし、仮の予約バージョン2ということで、シンプルな指輪を買いに行くことになるのはまた別の話。
#七マリ
ぐっと伸びをして、大きく息を吐いた。同じ姿勢で画面を見て作業をしていたものだからさすがに疲れた、はっ、と気づいて振り返ると彼女は相変わらず居てくれて、本から目を上げて、休憩にする?と笑ってくれた。疲弊していた心が和らいで、ぎゅんと好きを充電していくのを感じる。
「ごめんな、ずっと作業しててさ」
「実くんは課題の締め切りがあるんでしょ?今日はわたしが会いたかったから無理言ったんだし、気にしないで」
「やっ、俺も会いたかったし、今日は会えて嬉しい……デス」
モデルの仕事と課題の締め切りが重なって、作業時間があんまり取れなかった。日曜日をなんとかフリーにしたものの、暫くの忙しさで二人の時間も取れていなかった。俺の言葉ににっこり嬉しそうに笑った彼女が、うん、わたしも嬉しい♥️と言ってくれて、つい近づいたが彼女はコーヒーを淹れるね、とさっと立ち上がってしまった。伸ばしかけた腕を自分の腕に回して、有り難う、と口ごもる。気恥ずかしさが首筋を上がるのを指で掻いて、彼女の読んでいた本に目線を落とす。資格を解説する本で、彼女はいくつか付箋をつけている。勝手に見るのは駄目な気がして、覗けなかったが気になって、ウズウズしていると、コーヒーのいい香りがした。しかもそれは喫茶アルカードのものだった。キッチンを見に行くと彼女がいたずらを成功したような顔で、「気付いた?」と笑う。
「うん、これ……」
「ふふ。最近お店来れなかったでしょ?店長に頼んで、コーヒー豆を分けてもらったの。店長も実くんの顔見れなくてさみしがってたよ?」
「そっか。俺もさみしがってるって伝えて?」
「伝えるだけでいいの?」
「来週は顔出せるから……」
「なんだか妬けちゃうね」
「へ?」
「店長と実くんって仲良しだね?」
「それって………どっちに妬いてる?」
「ふふ」
コーヒーがフィルターを通して落ちて行く。香りに誘われるように、彼女の後ろから抱きついた。
「今はだめ」
「ダメじゃないもん」
すり寄ると彼女がくすぐったそうに笑った。
「もう、コーヒー淹れてるのに」
「うん………今の俺、甘えん坊さんだから」
「よしよし」
彼女が空いた手で撫でてくれた。ドリップして、後は落ちていくのを待つだけ。いつもの馴染みのコーヒーの香りと彼女が居るのが妙に嬉しかった。ちゅ、と首筋に唇を寄せると、驚いたようにちいさく肩が跳ねた。
「あ、甘えん坊さん?」
「結婚して」
「ふふ」
「え?じゃないんだ……」
飢えるみたいに、好きで好きでたまらなくて、いつも彼女はふわふわとしてて、小さな子猫みたいに、じゃれては好奇心の向く方に行く、相手が自分じゃなくてもおなじなのかも、とひたすら焦れていたあの時、こんな未来が待ってるとは思わなかった。スキ、と言うと彼女は体を向けてきて、わたしも好き❤と言ってくれた。少しの間、抱き締めあって、でも彼女はちゃんとコーヒーを見ていたらしく、俺からするっと離れてマグカップにコーヒーを注いで、飲も、と無敵に笑う。その唇に吸い寄せられるみたいに啄んでキスをする、マグカップを反対側から支えてより深く唇を重ねる。ダメ、と呟いた彼女が上目で俺を見つめるから、実際のところなにが駄目か分からなかったけど、でも実際のところ、駄目なのは分かった。課題が待っている。現実。こんなん生殺しじゃん、と思って悔しさみたいなのが沸いたけど、コーヒー冷めちゃうよ、と言う彼女の言葉で部屋に戻った。
「うー………」
懲りず彼女を後ろから抱えるように座り込んで、コーヒーを飲む。いつもの味だ。荒ぶっていた心が落ち着いて行く。
「美味しい?」
「うん。美味しい。いつもの味だ」
「ほんとに?」
「………ちょっと違うかも?」
「そう!そうなんだよね、難しいんだ」
悩む横顔が真摯で、きれいだった。
「大学行くと思ってた」
つい溢れた言葉に彼女はハッとした顔をして、眉を下げた。
「ふふ」
「っ、ごめん、俺が言うことじゃなかった」
「いいよ、みんなに言われたし」
仲良いだろ?て教師に大学に進学するように勧めるように言われたこともある。彼女は学年一位の成績を持っていて希望する大学に進学できただろう。
「資格、取んの?」
「うん、その内」
彼女には見えないところがあって、拒絶されているわけじゃないけど、誰も入れない場所があるみたいだった。俺の落ち込みを察したように彼女は俺の手を握って、
「実くんみたいに、わたしも夢を持ちたくて」
「なんだって出来るよ」
「ふふ、有り難う」
今は美味しいコーヒーを淹れたいな、と言う。
「グルメな彼氏さんを満足できるようにね❤」
「カワイイ彼女さんの淹れてくれたコーヒーならそれだけで十分なのに」
「ひいきはよくないの!」
「ひいきって。それはさ、するなって言う方がムリじゃない?」
「心を鬼にして!」
「んーーー」
彼女がお願いするときみたいに上目で見詰めてくる。ムリじゃない?
「ごほん。がんばってみるけど」
「うん、わたしもがんばるね!」
つい笑ってしまって、コーヒーを飲み終える。彼女をもう一度抱き締めて、
「うし、充電完了!それじゃ、作業に戻りますかね。時間がきたら言ってくれたら送るし、眠たいなら寝ててもいいし、動画とかも好きにみて」
「うん、有り難う。寛がせていただきます」
「イイエ、なんのお構いもせず」
「………………あのね、実くん」
「ん?」
「我慢してるの、実くんだけじゃないんだからね?」
「…………………………へ?」
一瞬いいように解釈して思考回路が爆発しかけて、いやいやまさか、そんなこと、俺がすけべえさんなだけでしょ!と思って彼女をみたら、顔をそらした彼女の耳がうっすら赤くて、俺は、俺は?顔が熱い。ひぇ、みたいな声が出て、ドッキドキとうるさい鼓動と、じっとり手に汗が滲む感覚がわかる、身体が言うこと聞かないのに、彼女に尋ねる勇気が持てなくて、あ、エアッ、ナニが正解??!ぐるぐる思考が動いて、でも彼女の方はもう見れなかった。互いの沈黙は重くなかったし、何なら甘かった。
俺たちって付き合ってるんだな、て思った。今更なんだけど、俺って世界一幸せ者だ。
#七マリ
ホールケーキを家族で食べる、その場面をみるのは今日が初めてだった。彼女を家族に紹介してから、あれやこれやと家に呼びつけられることが増え、その流れでクリスマスパーティーをすることになり、いや、何だよ、クリスマスパーティーって、そんな柄かよ、と呆れていたが飾りもツリーもずっと前から家に馴染んでいたみたいに当たり前にあって、ホールケーキがあって、家族が笑ってて、そのど真ん中に彼女がいる。すっげーな、と思う。すげえよほんと。マジ、どうなってんのか、わかんねえ。俺はなんだか耐えきれなくてそっと席を外した。家を出るわけにもいかないから、ベランダで暫くぼーっとしていた。
「実くん」
彼女は俺を探して、そばにきてくれた。
「………ごめんな、何か」
「どうして?」
彼女は笑ってて、嘘偽りなくて。俺の顔も心もくしゃくしゃになってしまって、彼女は気づいたように俺の手を握ったし、頬を撫でてくれた。
「俺が駄目だったんだろな、俺がもうちょいうまくやれてれば、もっとうまくいったのかな」
ずっと母さんも寂しくなくてさ。こんな、ぱっとあたたかな灯りのついた家になれたのかな。
「ふふ。実くんってご家族のこと、大好きだよね」
「は?!え?!な、なんでそーなるワケ?」
「実くんはそのままでいいんだよ、私はそのままの実くんが大好きだもん♥️」
「う」
そう言われると何も返せなくなる。無敵の言葉だ。
「あのさ、……うちの家族、イヤじゃない?イヤだったら、距離、置いてもいいし」
「全然。実くんは平気?」
「俺は、ごめん、まだちょっと、わかんないかもしれない。だって、ほらさ、………あんたは俺の大事なダイジな彼女なわけだし」
「ふふ。そうだね。実くんは私のとっても大事な彼氏だね♥️」
かわいい~!
いやそうじゃないんだよ。
「今の、俺ってカッコ悪いな」
「かわいいかも?」
「かわいい?!ドコが?!」
思わず近所迷惑になるほどの声が出た。はっとして口を抑える。
「そーゆとこ♥️」
「…………」
なんか、一生勝てない気がする……。というか、ずっと負けてるし、それが嬉しいんだけど。
「ね、ケーキ食べよう」
彼女は上目使いで俺を見て、腕を取る。あのさぁ、勝てるわけないじゃん。引っ張られるまま、リビングに戻る。扉を開けると家族が俺を見て、微笑ましいのとからかい顔とにやついた顔がそれぞれ見える。ぐっと眉間に皺寄せて睨んでやる、多分俺が彼女取られてすねて嫉妬したーみたいな流れになってるんだろう、まあそっちのほうがいいけど。俺のぐちゃぐちゃした気持ち、屈託を、彼女だけは分かっていて、俺を見て微笑んでくれる。あ、手を繋いでる、と姉が囃し立てるものの、絶対離してやるもんか。羨ましいだろ、とよくわかんないことを言いきってケーキ食べるときも手を繋いでたら、食べにくそうだからやめてあげんなさいよ、と言われても、彼女は照れて笑っているだけだし、そんなところが可愛い!とか言われて、そりゃそうだろと何故か得意気になってしまった。
切り分けたホールケーキは甘くて、やたら、甘くて懐かしい味がした。気を抜くと何故か泣きそうになった。
彼女をまだ実家に泊まらせるわけにはいかなかったから、猛攻してくる姉や追撃してくる親を振り切って、家を出た。
つんと冷える寒空に、また改めて手を繋いで、有り難うと言った。
彼女は笑って、それからなんでもないような横顔で、
「一緒にずっと生きていくってこういうことなんだね♥️」
と言った。数拍遅れて意味を理解して、でもその意味で合ってるのかも分からなかった。だから俺は間抜けに、「ずっと一緒に生きていってくれんの?」と尋ねた。
「そうだよぉ、え、ダメだった?」
「ダメじゃない!!!ダメなわけない!!」
さっきよりも数倍近所迷惑のくそでかボイスが出て、俺はまた口を抑えた。
「ふふ」
「ふふじゃなくて」
「実くん」
「うん?!」
「メリークリスマス」
「……はい。メリークリスマス、です」
「帰ろ」
どこに。
どっちに。
どっちでもいい、と彼女は言っている。言わなくても言ってて、でも俺は強欲で帰したくなんかなかったから、抱き締めて、キスして、急いで自分のマンションを目指すことにした。
クリスマスはだってこれからだ。
サンタさん、俺はもうプレゼントはいいです。いらないです。俺の欲しいものはここにあります。全部あります。
だから、それを誰も奪わないで。
お願い。
#レイ主
レイはいつものように引き出しを開けた。そこには必ず糖分補給に必須の飴やチョコ、マシュマロなんかがあり、しばし、定期的にレイはそれをつまむ。彼女に健康のことを口煩く言う割に彼は仕事中心の不健康な食生活を送っている。今日もそうしようとし、そして見慣れぬ箱を見つけた。かわいい雪うさぎのイラストが入った愛らしい箱だがレイは自分のために買うタイプではない。思った通りにメッセージを見つける。虫歯のひとは食べちゃダメ!もちろん、レイは虫歯なんかではない。欠かさずフロスしているし、磨きも忘れていない。前に痛んだことがあったがそれも過ぎ去った。だから、レイは箱を開けて、雪だるまみたいにころころしているスノーボールクッキーをひとつ食べた。溶けるような食感のそれをもう一度食べ、簡素に、なるべく無愛想に端末でメッセージを送った。
私は虫歯ではない。
スタンプがすぐ送られてくる。無言の意味を示す。呆れて黙っているつもりか?と送ると、理解しているみたいだね、とテキストが送られてきた。
声が聞きたくなった。テキストを読んだだけで、表情と声が再現できた。彼女はそれでもいたずらが成功したみたいな顔をしているだろう。
得意気だ。
そう返すと、意外と見つからなかったから、と言う。私が仕事をしていただけだ、と言うと、それは私も同じ、と返ってくる。随分暇そうだが、と送ると、今は休憩してるの、と言う。それから居場所が送られてきた。ランチを食べてるの、あなたもどう?
彼は立ち上がろうとした自分の足を諌めるのに気力を要した。残念だが、今から会議と手術の予定がある。彼女の表情が曇った気がした。ちゃんと食べた?食べた。お前の贈り物を。
分かった、と彼女が言った。差し入れするからそれを食べて。仕事は?と言うと病院の方角で用事があるから。彼は、また気力を要した。それなら、今すぐ顔を見せてくれ、とは送れなかった。
感謝する。
彼女が笑った。
彼は自分が休みを取っていないことに気づいた。メールで打診すると、調整してからになるが、必ず休みを取ってくださいと返信がきた。彼は息を吐いた。
彼女からもうメッセージは来ない。満足したのだろう、自分の親切さに。お節介さとも言うが。
彼はもう一度彼女からの贈り物を食べる。甘さが寄り添ってくれる気がする。彼は会議の時間までレストランを検索し、やがて彼女が気に入るだろう店をメモに残すと、レイ先生になるべく、仕事に戻った。検索している間に食事をした方がいい?彼女からの差し入れが届くのに、彼はそんな愚かなことをするほど、愚かではなかった。
#レイ主
「起きたらあなたが、いないのはどうして?」
彼女の声は寝ぼけていてたまたま通話に出れた彼は一瞬何の話か分からなかった。
「夢の話をしているのか?」
おそらくそうだろうと検討をつけると、彼女は夢と繰り返した。
「夢なの?」
「夢だろう、私はずっと仕事していた」
「ギャッ!」
すごい声が上がった。
「あの、ごめんなさい、仕事が忙しくてくたくたで眠ったら夢と現実が分からなくなったみたい」
「私が夢にいたのか?」
彼女が押し黙った。彼は妙に急いた気持ちになった。
「そう、」
やけくそみたいに彼女は言った。
「あなたの夢をみたの!悪い?!」
「悪くはない」
彼は自分の高揚を押し殺した。が、彼女は恨めしそうに言う。
「にやにやしないで」
「してない」
「もういい、仕事を邪魔してごめん。もう切るから」
「今日は家にいるのか?」
「寝てる!」
「なら、今から行く」
えっという声がして、待たずに通話を切った。急いで準備して彼はオフィスを出た。看護師に言付ける。
「ゆっくりでいいですよ、先生、暫く帰っていないんですから」
彼は礼を言い、病院を出て車に乗った。本当は運転をしていい体調ではなかったのかもしれない。あきらかに寝ていなかったから。自動運転機能を強めに設定し、しかし、急いだ。
電話が鳴る。
彼女だ。
彼は出ない。
「………あなたって」
寝癖で髪を跳ねさせた彼女は呆れたような感心したような顔をした。
「よく事故を起こさなかったね?」
「疲れた」
「………そう」
お疲れ様、レイ先生。彼は抱き締めながら彼女の声を聞く。ずんとのしかかる眠気と疲労を感じた。彼女もそれに気づいたらしかった。背中をさすってあやすようにし、手をつないで彼女がベッドに案内してくれる。彼は素直にベッドに横になった。
「アラームはセットしてる」
「そこは起こしてくれ、じゃないの?」
「そんな不確実なことはしない」
「わかった、キスで起こしてあげる」
彼は眠気に抗いながら彼女を見た。彼女がベッドに片膝を乗せて、彼に屈んだ。
「有り難う」
少し伸びた無精髭を撫でるように指が顎先に触れて、頬にキスが落ちる。
彼は目を瞑った。
規則正しい寝息が聞こえる。彼女は唐突に現れて、すぐ寝入ってしまった彼の寝顔をまじまじと眺める。笑ってしまうような胸の温もりに、彼女は素直に笑って、彼の頬を撫で、毛布をかけた。しばしの間、彼女は彼を見つめ、指先を絡め、髪を撫でた。
その内無粋なアラームがこの時間を壊すまで、彼女は彼との新しい夢の続きを見ていた。
アナウンス
※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
寝ている。呼び出したのは自分だ、部屋で待っていろと言ったのも自分だ。
彼は煙草を手に取り、火を点けた。浅く吸い込み溜めてから吐き出す。
ちろりと詰みあがっている書類を見る。見るだけだ。
机に腰を下ろし、人のソファで間抜けに眠りこけている彼女を見る。
煙草を吸う。吐く。二本目に火を点けた。紫煙が漂う。
彼は特に何も考えていなかった。どうでもよかった。
彼女は眠っている。
二本目を吸い終えたら、動くつもりだった。
が。先に腹の音が鳴った。
彼のものではない。
眠りこけている彼女の腹からだ。
グゥウウーー
勢いよく飛び起きた彼女は彼を見て、不思議そうな顔をし、やがて状況を把握し、青ざめた。腹が鳴り続ける。顔を赤くし、冷や汗を流し、困り果てた顔で、彼女は滑稽なほどにうろたえた。
「あ、えっと、あの、これはその、ええと、だから」
「だから?」
「えっ」
「何だ」
「…………すみません………」
絞り出した声で謝罪し、彼女は死刑を待つ囚人のように項垂れた。
腹は鳴っている。
「御託はいい。消えろ」
「はい、あの、本当にすみませ」
「やる」
「…………あ、え?」
「あ?」
「……えっと」
彼女は瞬いた。
彼が放り投げたのはチョコレートの缶だった。
「押し付けられた。お前が全部食え」
「あ、………えっと…………じゃあ、責任持って食べます、ので」
「ああ」
「失礼しました」
「食えって言ったよな?」
彼女は最大級に間抜けな顔をした。
「……それはその。……ここで?」
彼は答えなかった。
彼女は哀れな子ネズミだった。
何かをすがるように視線を彷徨わせ、やがて決心した。
「いただきます…………」
恐る恐ると彼女はチョコレートを一粒口に含んだ。
「……ん、……あ!美味しい!」
「そうかよ」
「美味しいですよ、冠氷さんも食べませんか?」
「いらねえ」
「美味しいですよ」
「お前が全部食えつってんだろ」
「……誰かからの贈り物ですか?」
「知らねえ」
「こんな美味しいチョコレート、私食べたことないです!」
「で?」
「………………すみません。あの、ここで全部食べなきゃだめですか?」
目線だけ向けた。
彼女は臆病に首を竦める。
「………友達に、あげたくて」
美味しいので、ともごもご言った。
大方、二年の同級生にだろう。
「あ」
「え」
「……」
彼は口を開けて見せた。
彼女が固まった。
「早くしろ」
「えっと……失礼します」
彼女はおずおずとチョコレートを一粒、彼に差し出した。
彼は彼女がそれを口に入れるまで傲然と待った。
彼女は彼の意図に気づき、怯える子羊のまま、王の口に含ませた。
彼は彼女の指ごと、チョコレートを食み、溶かした。
「まあまあだな」
「…………は、はい」
「はい?」
「お、美味しいと思います……」
彼は手を振った。
下がれという意味だった。
部屋から出ていけとも言った。
彼女はわたわたと慌て、チョコレートの缶をしっかりと抱いた。
「あの、冠氷さん、有難うございます」
彼は応じなかった。
彼女はそっと出ていく。
入れ替わるようにして、副寮長が訪れた。
彼はソファに横になり、目を瞑った。
何か色々と言っていたがどうでもよかった。
「おや、チョコレートはどうされたんですか」
不意に含み笑いが聞こえる。
わざとらしい言い回しに彼はいつもうんざりしている。
「失せろ」
「また、用意しておきます。ああ、そうだ」
今度は彼女を呼んで、お茶会をしましょう。
戯言が聞こえる。
彼は沈黙を欲した。
まだ何か話している。
うるさい。
彼の、口の中はチョコレートの味がした。
彼女の爪の硬さが歯に残っている。
その時、一瞬、目が合っていた。
彼は捕食者の顔をしていたし、彼女は無垢な生贄だった。
「美味いやつにしろ」
彼はそれきり、何も話さなかった。
副寮長は従順に承諾する。
彼女は、彼の特別だった。