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色々やっています

No.16, No.15, No.14, No.13, No.12, No.11, No.107件]

短文5

自転車のブレーキを握る。オイルが足りていないのか、金切り声を立てて自転車は止まる。眼前に車が走り抜けていく。こちらの蛮行を咎めるごとく鋭い風が顔に当たった。冒険の一歩目として事故に遭おうとして、誰が困るかというと運転手で、それはあんまりよろしくなかった。未知にたどり着くのに、不誠実で乱暴なのはよくはない。現在タイム・トラベルができるとしても、ほんの僅かな過去に戻るだけらしい。宇宙から時間の軸を見据えてこの世の法則が詰まっていると解明に必死な人類は宇宙を過大評価している節があり、宇宙の一部である地球にすら翻弄されているのに、古い付き合いの恋人を捨てて新しい恋に目移りしているように思えることもある。それは感傷だと数学には載るまいが人類の歴史と研鑽を重ねた数学を答えだと見る方が些か感傷じみているとも思う。不定である言葉の定義はグロテスクで、生身の肉体に似ており、異世界に行きたい自分はゆっくりとべダルをこいだ。未知の扉だ冒険だと嘯いて、見かけるものの一切入ったことない地元の古い喫茶店に足を踏み入れて、顔を上げた店主の誰だ?という不審な表情を見てかっと上がる体温と同居することになる。客は客だが客と不審者は大概同じのようなものである。自分は不審者ではないと、客は果たしてどう証明するのか。やっつけの引き笑いでいいですか?と裏返る声に、店主は仕方なしに頷いたように見えた。他の客が来る前に帰ろうと腰かけた椅子は軋んでおり、古ぼけた絵柄の絵画が、昔はやった画家の筆致をしており、いつか見た景色の建物は自分の記憶にないものだ。手作りの布飾りは生き物の形をしており、ミニトイプードルの眼差しはつぶらだ。

「お待たせしました」

コーヒーいれることと飲むことは客をもてなす行動にしかなりえず、そこのプロセスに至る自分は店主から見て客であり、自分から見ると自分の家ではない場所でコーヒーをいれてくれる人は店主である。知らない人だったらどうしよう。実際知らない人だ。テーブルにフレッシュとスティックシュガーが備え付けられており、両方混ぜて飲むとコーヒーだと言う味がした。店主は客こと他人である自分を見るのは止めて、雑誌を開いて読みはじめた。かつて流行った曲をオルゴールでアレンジしたBGMが流れており、どこか夢に見た光景であった。覚えのない景色を確かに覚えており、しかしこの光景はどこかで見たはずである。他と類似性がありすぎる凡庸な風景は自分のリアルであって脳が認識する光景であり、さっき感じた通りすぎる車の風を思い出す。

本当は死んでいたりして。
コーヒーの苦味と砂糖の甘さを感じる。フレッシュの存在はこういう時あまりに薄く、この丸さがそうなのか、それとも視覚的効果なのか、疑ってしまう。数字と言葉が相反するなら音楽は真実に尤も近い振りをする。

「百回目だよ」

軋んだ声がして、扉が開く。発した男は自分を見て、不審者を見つける顔をした。店主の低い声で応じる声がして、カップの中に残っているコーヒーを一気にのみ干して、そそくさと代金を支払う。ふっと店主が微笑んだ。

「また来てよ」

しっかし、本当なのかよ、と店主は続ける。言葉の対象は自分ではなく、自分の前には相棒の自転車がある。百回目だよ。いいや、まだ一回目だ。ペダルを漕ぐ。循環する車は、不規則で、人たちがあまりにも生活しており、煮詰めた果てに異世界は眠っている。おおむね事故とは非日常であり、宇宙に広がるもやの名前は頭から抜け落ちた。

響き渡る子供の絶叫がして、事件性はなく、ただの雄叫びだ。きゃらきゃらと笑う声がして、通りすぎた言葉は外国語で熱心におしゃべりしていた。迎合。ペダルを漕ぐ。自損事故ならまあいいか。それは乱暴な結論で、空きっ腹にコーヒーがたぷたぷと揺れていた。

文章,短編

短文4

葡萄を引っ搔いた爪は紫に染まった。ぷつりと滲んだ果汁を狐が舐める。それは酸っぱかったのか、狐は顔をしかめる。大体のところと出し抜けに言い始めた猫は帳簿を眺めて、使いすぎやないですか?と言う。使っとらんで、と狐は言う。酸っぱかった葡萄を口に含んだ。酸味がきつい。痺れにも似た舌の心地を抜けると美味いかもしれないとも思う。屋敷を管理していた分の遺産は、底をつき始めている。土台親の金ならなくなってしまってもいいかもしれないとも思う。猫が眼鏡をかける。最近小さい文字が見えにくくなっている。狐の文字は几帳面で小さい。びっちりと書き込まれている。几帳面な可笑しさが数字には詰まっている。相場より出費が高いのは人の良さをつけこまれてあらゆるものの値段がふっかけられているからと判断できる。最もメインの出費は本で、狐の趣味による図書館運営がうまくいっていないのが一番の問題だった。屋敷の一角を図書館に改装したものの貸本屋でもないのだし、元より利益が見込めるものではない。出費だけが嵩んでいく。その上、狐は他に働いたり、収入を得るものがない。親の遺産を食い潰しているだけだ。狐が葡萄を食べる。覇気のない顔を猫はレンズ越しに見つめる。どないしますの、と尋ねる。狐はどないすんねやろ、と他人事のように言う。

「葡萄でも作りまっか」 
「出来るんか?」
「あんたの本になんぼでも方法が載ってるやろ」
「あー。載ってるのは大抵殺しの方法や」
「探偵が解決しますねんやろ?意味ないやんか」
「殺すだけやったらあかんやろ」
「あきませんか」
「あかんよ、それは」
「そんなら、旦那さんのはええんですか」
狐は目を細めた。覇気のない顔に瞳だけが一瞬ぎらついた。猫は瞳孔を細め、歯を見せて笑った。
「冗談ですわ」
「…………ひとつ頼むわ」
「ええでっしゃろ。借金だけないのが救いですわ」
猫は不慮の事故で亡くなった狐の両親のことを考える。狐は、葡萄を差し出した。最後の一粒。紫の爪。
「いりませんわ」
「食うてや」
「酸っぱい顔してますやん」
「せやから、美味いんや」
「難儀やなあ」
猫は受け取って葡萄を食べた。
「酸っぱ!」
「せやろ」
「どこが美味しいんですか」
「……ま、その内美味くなるわ」
狐はソファに沈み込んだ。猫は帳簿を鞄にし舞い込む。
「そんなら、また連絡しますわ」
このままこの人死にそうやなと猫は思った。狐はなにも興味がないように目を閉じた。ここ一帯に葡萄の木が広がる土地を想像する。その根本に狐は埋まっているのかもしれない。
「甘い葡萄食べたことあります?」
猫は尋ねた。狐はぼんやりと目を開けた。
「知らん」
まだおるんかという顔をする狐を若干憎たらしく思いながら猫はかけたままだった眼鏡を外した。
部屋からでる間際に独り言のように狐が言った。聞こえなくても問題ないと言う風だった。
「食いたいんやったら買うてきたる」

猫は眉をしかめる。もうなにも言うことはないと、背を向ける。酸っぱさが咥内に残っている。舌先が痺れている。毒でも構わなかった。という夢を見ただけだ。という夢を。

文章,短編

短文3

手当たり次第に撃ち込んだ、さながら散弾銃の風格で。現実的にはそれはネコパンチだ。失礼、かわいく言いすぎだ。しかし徒手空拳というのも、なにか違う。暴れるほど暴れ果て、掴んだものは外れた宝くじのようものだ、何が言いたいかって?ノイズは仕方ない。ノイズを除去するイヤホンも忘れた。お買い得です!声が聞こえる。声を張り上げて店員が叫んでいる。お買い得です!セールです!今だけ!期間限定!ざわざわとしたノイズに再び戻る。彼女がやってきて、やってきて、隣に並んで、お買い得、と言った。見ますか、と僕は言い、彼女は首を傾げた。お買い得って大変だから、と彼女は言う。まあ確かに。
ノイズは広がって、僕は散弾銃を持つ。比喩だ。心としてそうだから、そう言う。散弾銃を持つ。本当はどんなものかよく分からない。マシンガンとはどうも違うらしい。彼女は見たい映画があるんですと言う。アクション。スターンローンの。機関銃。その機関銃なのか?僕は握る。彼女の手を。彼女は握り返す。スターンローンの映画を観に行こう。ノイズがやってくる。僕は歩き出す。彼女は歩き出す。お買い得です!

「あの店、見たいです。何がお買い得なのか、本当は知りたくて」
彼女は笑った。
「実は私もそうです。あんなに必死に言ってるから、すごいものがありそうじゃないですか」
「本当に。で、映画も見ましょう」
機関銃は置いていなかった。猫のかわいい靴下が置いてあって、彼女は困った顔をして、困ったと言うから僕は少し笑った。

文章,短編

短文2

フォークをここに置いたんか、と嘆きのリズムで言われて、そやけどなんやと食事を続行する。ここに置いてもうたらもうどうにもならんと佐久山さんが項垂れた。美味いで、とポテトを差し出す。そんなもん見たら分かるわと佐久山さんが言った。見ても味は分からんやろと言うとアホやな、よーちゃんは、と言われる。心外に思えて熱心にポテトを差し出す。佐久山さんは口を開けてポテトを食べた。繁殖しとるな。
「え?」
「ほら繁殖してるで」
無数に広がる穴が風に吹かれて散った花びらみたいに増えている。
「フォークのせいやで」
「ポテトにフォーク使うやろ」
「そやけどさあ」
一定のテーブルマナーが流行ってしまった所為で単純な世界はそれを規律としてしまった。最初そのテーブルマナーが出てきたのはテレビでキャラ付けされたとんちきなお姉さまだったのだが、すっかり洗脳された世界はこれを常識と変換し、規定の通りにしなければ逸脱した行動を取るようになった。私は穴にフォークとポテトを落として手打ちにした。美しい鈴のような音が響いて、ポテトはなくなってしまった。
「なんでや?!」
「美味かったんやろ」
「そりゃ、美味いわ」
「残念やなあ」
佐久山さんはにやにやと笑っている。落としてなくなってしまったフォークを引き出しから取り出し、テーブルマナーに沿って丁寧に置いた。穴は徐々に小さくなり消えていく。
「ポテト食べたいなあ」
「しょーがなしやで」
佐久山さんはニヤリと笑う。これからポテトを買う旅に出てくれるらしい。私は指についていた塩を舐めた。単純な世界の気持ちは少しは分かるつもりだ。フォークは静かに待っている。次のテーブルマナーが動くのを。それを待たずに私たちは車に乗り込んだ。いざ行かん。

こうして、長い旅路が始まった。

文章,短編

短文1

タケルに明日って常用漢字だっけ、と言われて俺はつい考え込んだ。
「常用漢字って何だっけ」
「常用漢字ってそりゃほらあれだよ」
「常用漢字もわかんないのに、常用漢字のこと気にするなよ」
「ちょっとしつこいんだけど」
うっとおしそうにタケルが目を伏せた。は?こっちは聞かれたから答えようとしただけですが?と思ったが、しかし常用漢字にも何の思い入れもないのだ。こんなことでまた喧嘩するほど常用漢字に義理立てする必要もない。
「明日だからそうだろ」
「何が?」
「だから」
だから、と繰り返して、もういいんだよ、常用漢字のことは。結局言わず口を閉じると、タケルが言う。
「明日何すんの」
「明日って、別に仕事だけど」
「何してんのここで」
お前が呼んだからだけど?!帰ろう。タケルに呼ばれて近所の公園まで出向いたが意味はなかった。俺の正義は支持されている。そこの通りすがりのおじさんにだって認められるはずだ。同士のつもりで微笑みかけ、薄気味悪そうに目を逸らされ、大体正義とはそういうものだから、俺はスマホをリュックにしまい込み、立ち上がった。
「じゃあな」
「は?」
「はぁ?」
「うっざ」
「はぁ……………」
目を細める。タケルはスマホに目を落としてタップしてメッセージを送っている。すこしの間その姿を眺めていたが俺はやっぱり帰ることにした。顔を上げると通りすがりの女の人がタケルに視線を送り、見惚れる瞬間を見つける。よくあることだ。
「おい、明日は常用漢字なのかって聞いてんだろ」
ドスが効いた声でタケルが話しかけてきた。
「明日になれば分かるんじゃない?」
明日の話ならさ。
俺はさっさと帰って、部屋のベッドに寝ころびながらスマホで調べてみた。明日、常用漢字。驚いたことにあすとあしたで違うらしい。漢字で書くと同じなのに。
タケルはこれを言いたかったのか?俺はどうだろうと思う。どうでもよかったはずだ。俺だってどうでもいい。
全部明日になれば分かるだろう。
義理立てするものは、もう何もなかった。

文章,短編

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