blogオタクの雑記

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ほろた

1/4(読書記録と兼用)


「不確定世界の探偵物語」鏡明
「播磨国妖綺譚」上田早夕里
「偶然の聖地」宮内悠介


読了。


不確定はラブコメだったんでよかった。この人の文章が好きなので読んでるとめちゃ楽しい。ほかにもいろいろやっているみたいなので、本出てるかなと気になってwiki見に行ったら数冊しか出していない。何者なんだよ。好きな本の類だった。もっと読みたかった。

播磨国妖綺譚はこういう種類の話にありがちな、ねちょねちょした感情がないので読みやすかった。こういう関係とか好きなんだろうなと思うものの、わりと距離がある描き方なので、さらっとしていてよい。今回の本はシリーズのさわりというか「世界観とキャラクターお試し体験」ブックみたいなかんじだったので、読みたい部分がないんすけど……?ってなったけど、筆力があるので許される範囲になっている、次は京極夏彦ぐらい分厚い本で出してください。

偶然の聖地はインターネットに接続しすぎじゃない……?ってかんじの本だったし、ニコニコ動画百科事典みたいな雰囲気を終始かもしだしており、インターネットすぎるぜ……と思いながら読んでいたが作者と好きな作家の本が似ている気配があり、「読んだなこれ…」みたいなかんじで、読みやすかったし、現在の価値観をしみじみ感じたけど、面白いかというと、面白いんだけど、でもまあインターネットって面白いのでそうなるのである。


今回三冊とも好きな部類の本だったので、いい読書スタートだったと思う。

本屋に数日おきに通ってみたが特に読みたい本がそろそろ見当たらなくなっており(基本表紙買いするので)、偶然の聖地は図書館で借りた本だし、しばらくは図書館に通おうかなと思います。ツイッターアカウントの強い作家の本読もうと思ったけど、この人のツイート合わねえなと思う人の本って試し読みしても全然ハマんないな。文章がツイートの文章だからそりゃそうなのかもなと思いました。


田、「面白い」の前に「読みやすい……」に飢えているな。というか「面白い」と「読みやすい」って同じカテゴライズにいれてるのかも。というか「面白い」と「読みやすい」があると、「本を読むことができる」ので、田が「読みやすい」と言っているのは田にとって「面白い」ということかもしれないです。


ツイッターがないとほんとテキストに飢えるし、現代社会から断絶された気分!!!!!!
しばらく予定もないし、何をやれば……と思いながら朦朧としている。
とりあえず友達へ立ち絵依頼する用の資料をまとめるかなあと思う。


#本
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ほろた

屋根裏のラジャー見た


良かった



今一番求めていた作品だったので、2023年はこれで映画館鑑賞を締められます。トットちゃんは一月もやってそうだしまあええかな。この作品への評価は自分語りと重なってそういうのに価値があるのはわかってるんですが、巧いこと言語化できていません。ただ、この作品に「肯定」されたというかんじがあります。私にはイマジナリーフレンドはいなかったけど、他人に変に合わせてへらへら笑って嫌なこともぐっと我慢しているより、よほどイマジナリーフレンドを作ればよかったなと思う。し、ずっと味方だとラジャーが言ったとき、私には彼はいなかったけど、私の中に彼はいたんだなと思った。
もうほんと泣くし、でもほんと怖いところはまじで怖くて、想像のシーンはきらびやかで楽しくて、「想像」と「現実」の関係もよくて、表情もカメラワークも音楽もよかったです。思わず帰りに原作本購入してしまいました。
いい映画だと思うと決めてみましたが期待を裏切らず、あっという間の映画体験でした。主題歌もまたよくて、いい話だったなあとしみじみエンドロールを眺めていました。いい映画でした。子供のころの自分が救われた気がしました。ちょうどそれを悩んでいたタイミングだったので。嬉しかったし、染みました。

まあたぶん、唯一かつ決定的な欠点は「女性キャラクターの魅力の薄さ」だと思います。いや見た人は良かったじゃんとか言うかもしれないんですけど、ラジャーとおじさんと山田孝之に全振りするあまり、この作品のメインテーマというか土台である「女性キャラクターのいまひとつの物足らなさ」がほんとに物語を傑作にはさせない。
あの子かっこよかったとかいう意見もあるとおもうけど「あんな物語に都合よくかっこよく描かれましても」みたいなかんじ。見せ場作るぞって気合いれた下心というかすかしが見えるというか。いやそういうんじゃないんだよなー。多分令和に合わせた演出やカスタマイズや表現をいれてると思うんですけど、「配慮」「思案」「気配」は見えるけど、キャラクターが活きてはいないんですよね。だから物語のピースが完璧にはまらなくて、なにせこの物語を押し上げるのは「女性キャラクターの魅力、かわいさ、親しみ、かっこよさ」だから。

映画として前作からの反省や足りなかった部分を乗り越えたように見えるし、すごい考えて作られた作品であると思います。ただ見ればよかった。でもたぶんとびぬけないのは、そこなんじゃないかなと思います。
ほんといい映画なんですよ。
次作に期待しています。まじで頑張ってほしい。


私は見てよかったです。映画館で見れて本当に良かったです。
いい作品を有難うございました。


#映画
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ほろた

感想ログ


竹内栖鳳展(京セラ美術館)
破壊と創生のエネルギー

サブ展示室だったので作品数とグッズ展開は少なめ。ただ、雰囲気自体はゆったりとしており、混んでもいなかったので好きに楽しめたかんじがありました。展示物がレアかどうかはわかりませんが、屏風の展示が多め?で迫力あってよかったですね。低い天井の場所だったから、圧迫感があってよかったと思います。ひたすら動物の絵が愛らしくてよかった。亡くなる年にかいた烏と船の絵を目あてにいったがさらっと置いてあった。全体的にさらっとしてた。気楽でそこがよかったかな。緊張感と共に眺める作風じゃないので。おおむね満足。


中村佑介SPILIT!
心斎橋PARCO

アジカンの君という花のジャケットで知った作家さんというとかなり年代を感じる、なにかの縁だとおもって展示会を覗きにいきましたが、思った以上によかった。メインの女の子が印象強いが、その周囲を取り巻くサブの書き込みがメチャクチャ楽しかった。四畳半神話と夜は短し歩けよ乙女の映像作品も好きだったのでポスターの展示も嬉しかったな。大きな画面でみるとそれぞれの空間の書き込みが楽しく、こんな面白い絵を描いている人だったのかと驚かされる。さらっとセンスと描写と構成が巧い。今回と展示をみてかなり好きになりました。今後もなにかあったら見に行きたいなと思う。ひたすらアジカンの曲が流れているのがとにかくよかった。

北野武「首」
宮崎駿「君たちはどう生きるか」

首をみてから君たちは~を見た。Twitterで今年これらが公開されたのはすごいことだ!みたいな話をみてそうなのか?と思ってあんまり興味なかった君たちは~を見たのですが主人公のキャラクターがドンピシャ好みと短髪少年だったので、脳が終始揺れておりました。

北野武の映画をみたのはさらっと座頭市を見たくらいでちゃんと映画館で見たのは首がはじめてだった。あんまり信用してなかったので冒頭の残虐シーンで心折れかけこのままこれが続くなら途中で出ようと思ったのだが北野武演じる羽柴秀吉のトリオが出てきてから一気にティストが変わって面白かった。どう物語が落ちるかというのはある程度読めていたので、先がどうなる?!ということよりも俳優の好みというか使い方が自分の趣味に合っていたので、わかるぜ!北野武!と思いながら見終わった。黄色い猿め!のシーンとかまあ何かしらありそうだが、楽しんで作ったんじゃないかこの映画?というのがあったので、すごくポジティブな映画だなという気がした。

君たちはどう生きるか?、なのだが、冒頭のタイトルにある山の風景画でなにか脳が直撃し、自分はこの作品好きな気がするなという予感を抱いて見ていたもののキャラクターが好みというのはさておき、わからない部分はあったりしたのだが、それがひどくよかった。曼陀羅みたいだった。キャラクターの些細な動きひとつがキャラクターを示している繊細さと大胆さがあり、たとえば鳥の糞をあえて描くところとか、全編通した信念というか、これがひとつの作品を作ることだよなあという、意思みたいなものを感じて、これは結構無理やり二時間に納めたんじゃないかというボリュームだった。ほんとうは四時間ぐらいあってもおかしくない気がした。

連続して映画館でみれたということは、とてもよい経験だなという気がしている。首も君たちはどう生きるか?も他者的アプローチがあり、外向けという気がした。その距離感に安堵する。
このあくまでも他人ですよという線引きをされて心地よかった。

すでに完成しているので、面白かったし、よかったよ、ありがとね~というかんじです。

終わり。


#映画 #展示会
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ほろた

鬼太郎誕生ゲゲゲの謎を見てきた話


面白かったものの一言いえばTwitterのオタクにウケそうな映画だった。ある程度の平均は満たしており完成されているものだとは思うが、最高には至らず、だが駄作でも時間を無駄にしたとも思わない。映画一本見終わった満足感や制作サイドの心意気は買うものの、それが結局お前の好みに合わなかったといわれればそうなのだ。勢いで完走しているので、それはやっぱり見事だったとは思う。

今回かなり割りを食ったのは、負け確定ヒロインとして出演させられた沙代さんであり、彼女の一生を一族として消費するがごとく、彼女を消費しきったこの映画は皮肉的な構造をしている。

最後に彼女が子供を出迎えにいき、救済するシーンがあるがそれこそまさに女が求められる役割であり、彼女はそれから逃げたがっていたし、その逃げ場がないことを知っていた彼女にして見れば死してなお、都合良く消費される女としての役割に、救いのなさを痛感するのである。お前らその気がないだけで、まじで最悪だぞ。男キャラクター萌えばっかしてないで、ちょっとはその辺にも目を配れよというかんじがした。

国のためのだとかいう大義のために死ぬことを否定しておきながら、国のためのあくまで暴走するという個人の欲望にとどめたやりかたは問題の矮小化をしており、これってそもそも人間って汚いって話じゃなく、権力に歯向かわないとなにひとつ解決していないのに、あくまでも個人にとどめた表現は、この作品の限界を示している気がする。
無論家父長制に歯向かってはいるし、俺たちは好きにいきるぜ!とやっているのだが、その答えや敵の表現の仕方がみみっちくかんじている。結局、国のために個人が身を投げており、それを子供や友のためという表現にしたら、その答えの先は戦争肯定になりはしないか?という気がした。そんなつもりは毛頭無さそうなので、詰めが甘いかんじがするしやはり現代の作品の限界かなと思ったりもする。

単純にキャラクターの関係萌え映画としてやりたかっただけなのがわかるし、やりたいシーンだけ詰め合わせたんだろうなとも思う。

まああくまでも映画としては完成されているのだが、だがまあ賞賛することはないだろうと思う。

不思議なバランスの映画だった。


#映画

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ほろた

アンゼロが終わってブレマイが始まる


昨日コリーからの発表があって、新作がリリースされるようである。ブレイクマイケース。何かをしまう為になんでも請け負う話らしい。

ところで、アンゼロがサ終する際に記事を書いた。
その時の私はなるべくしてなったんだろうなという一種の諦めと終わったものはなんであれ終わることについては意味があったなという思いで、火村さんや所長との思い出もオタクの引き出しにしまうことができた。悲しいとか嫌だとかそうはいってもアンゼロの状態は人を惹き付けるコンテンツの完成度はなかった。それでも好きだったのだ。そういうところじゃなく、火村さんのお節介な愛に救われていたのだ。

だが、ブレマイのサイトを開いたとき、完成形だなと感じた。完成形、ちゃんとターゲットを狙って作ったんだろう、今度こそサ終しないという覚悟で。それは商売としてはとても正しいし、現に評判はいい気はする。推しの声優さんがいて、好きになりそうなキャラが二人いた。でもその二人を足すと火村匠なんだなと気づいて呆然としてしまった。なんとなく割りきって、分かってて、どこかで終わることも会えなくなることもこの先を見ることのない作品の面影を見て、置いてきた悲しみを感じた。ソシャゲなんだからサ終するのは仕方ないよ、売り上げが全てだよ、運営はサービスを始められるし終わらせることもできる。分かっていたが、アンゼロの姿を見いだして、終わらせられたあの作品はなんだったんだろうと、改めて失敗作だったんだなと思えて、やるせなさを覚えた。まだせめて、それらを思い出させることのない作品であったら、応援していた気がするし、好きにはしゃげた気がする。

サ終のときに、投げ捨てた悲しみを、拾い上げてしまった。もう実ることのない果実だ。開くことのない扉だ。

なんでそういうことをするんだろうな、と思ったけど自社作品だし、運営や制作側がなにしたっていいのだ。それを分かった上でコリーって残酷で最低だなと思った。

コリーってそういうことするんだなと思った。怒りより悲しくて仕方なかった。

改めてみれば全然違う作品なのだ。それはわかっている。成功してほしいし、売れてほしい。優秀な弟を見届けるってこういう気持ちなんだろうか。アンゼロは優秀な兄にはなれなかった。

ブレマイの成功を願っております。

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ほろた

感想まとめ


・谷ノ上明美ひとり芝居「ゆんたくしましょうね」 作品公式サイト

演者をモデルにした主人公が祖母の戦争体験をもとに「戦争」を体験していく一人芝居。演出と芝居、特に声の出し方が良く、見飽きさせなくてあっという間に終わってしまった。戦争反対、反戦のものではあるんだけど、色んな人生があるなあと思った。

NHKのドキュメンタリー的に、終戦よりちょい前からは上層部ではその意向が決まっていたらしかったから猶更権力ってのは嫌だなと思ったし、始めると止まれないのはなんでだろう。別のドキュメンタリーでは、洞窟?で自決する人たちに対して「もういいんだよ、大丈夫だよ」と声かけてまわっていた沖縄の離島の人が終戦したにもかかわらず日本軍がスパイ容疑で一家もろもと殺したという話も聞き、終戦の後にも長い間ずっと沖縄は戦時中であったのだろうとも思うし、現在進行形でアメリカ軍の基地があるからまだまだ終わってないんだなとも思う。
沖縄に、行けないんだよね。観光でも。勇気が出なくて。

劇としても素晴らしかったし、メッセージも胸に詰まった。機会があればぜひ見てください。


・キングダム 運命の炎

上記のあとに見る映画じゃないのだが、逆に見てみるとなんかあるのかもなと思ったが、やはり「将同士」の戦いということで、「生きてる人間の兵士」の命をカウントさせない概念が、邪悪すぎるなと思ったが、エンタメとしてこうなるのもやむえなく、一部の人たちのいう「戦争」の概念ってこの視点であって、殺される雑兵や一般人の概念ではないのだろうなあと思う。
映画としても出来がいまいちで、キャストが豪華で、次の四作目に向けての布石でしかないので、単体で見るとわりとつまらない三部作目になっていた。こちらがそれでも見るだろうと思ってるのかもしれないけど、もうちょっとちゃんと「売れ続ける」こと、「単体で見て面白いこと」を目標として作ってほしかった。慢心なのか油断なのか甘えなのか。これがどう響くかなーってかんじ。


・国立国際美術館「ホーム・スイート・ホーム」「コレクション1 80/90/00」

「ホーム・スイート・ホーム」の作品自体がどれも「空間的」でそれがまさにホームを示しているのかなと思った。空間の演出が良かった。竹村京さんとアンドロ・ウェクアさんの作品が好きでしたね。この二人の作品でも見に行けてよかったかな。元やくざと牧師と女の子の映像作品は、なーんかちょっとなーってかんじでしたね。キリスト教をしたいのはわかるけど、なんかもういいかなって見なかったんで、どういうメッセージかはわからないけどね。これを最後に持ってくるのは蛇足的かなってかんじでした。誰の作品かはわからないけど、空間いっぱいに段ボールがあってそれがちいさく窓みたいな穴が無数に開いてて、鳥の声が聞こえてくる、みたいなのはすごくよかったです。先に挙げた竹村さんのは修復と日常、刺繍で表現しているかんじで、ストレートにきれいだったのと、この空間がまじ白いんですけど、そのあとに続くアンドロさんのがね、真っ暗な空間でクマと男の子?がいるんですけど、クマから見える男の後頭部に金属板が貼ってあったのが、なんか好きでしたね。クマの顏が自分で見えるかんじが。そこに窓というか扉があるのがね、なんかよかったですね(語彙がない)

そんでコレクション1、なんですけど、キャッチーでポップでザカルチャーってかんじでよかったんですけど、最後らへんに西洋美術をタイだかの村人が見る写真と映像は、批判的な構造もあると思うんですけど、今の時代的にめちゃくちゃ危うい展示だなと思った。言わんとすることはわかるんですけど、やるもんじゃないかなってかんじです。ただ、そのあとの映像作品はおもしろくてよかったです。

国立国際美術館は、値段が手頃なのが最高と思っているし、空間が広いのがとにかくいいですね。贅沢な感じ。一つの作品をのびのびと展開して余白がある、作品の余韻があってせせこましくない、そういうところがかなり好きです。良かったです



#映画
#観劇
#展示会
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ほろた

「推しのすばらしさを語りたいのにやばい!しか出てこない 自分の言葉で作る文章術」を読んだ。



推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない
自分の言葉でつくるオタク文章術

著 三宅 香帆

楽天商品ページ
https://books.rakuten.co.jp/rb/17511785/


タイトルにもあるように、この本のテーマは「自分の言葉を持つ」ことである。
そのためにはどういう方法があるのか、掘り下げ方があるのか、自分の言葉を見つける方法を、とにかく丁寧に説明してくれている。
そもそも言語化とは細分化らしく、「好き」という気持ちがあったとして、「何故好きなのか」「どんな所が好きなのか」「どう好きなのか」ということを詳しく細かく分けていくことで、「言葉」になっていく、というものらしく、それが目から鱗だった。

推しを語るということは、極論「自分を語る」ことである。
「自分だけの言葉を持つ」必要があるのだ。

「自分の言葉」ってかなり難しい。私がブログを始めたのは、ツイッターをしすぎて「語る」ことがわからなくなったからであり、ひいては「語る言葉を持たず自分がわからなくなり、トラブルを起こしたから」である。(まあこれは私の問題なんだけど)

「自分の言葉」をつくるには「自分のことがわからない」とできないのである。
だから、まずは自分の気持ちを把握することからはじめないと自分なりの言葉は出てこないのだ。

この本では、自分用のメモを書くことや、すぐSNSを見ないことなどを推奨している。詳しい説明は本を読んでいただければと思うものの、自分の気持ちをアウトプットし、まず外野の意見を遮断することで「自分の気持ち」を大事にすることを丁寧に勧めている。大事なのは「外」ではなく「内」、自分の気持ちなのであり、それを丁寧に大事に取り扱い、細分化し、自分で理解し、そういった先に「推し」のすばらしさを語れるということに繋がるのだ。

簡単にできることではない、と思う。これはめちゃくちゃ遠回りなやりかたで、それこそすぐバズるといったようなものじゃないと思う。でも、めちゃくちゃ大事なやり方で、それをこうやって言語化して教えてくれる本は、今までなかったと思う。

いいなと思うのは、きちんと「ネガティブな意見」との向き合い方も書いてくれていることだ。
推しにもやもやすることや、ここはちょっとダメだったとか、あると思う。でもそれを一律否定するのではなく、好きと同じように「何故嫌だと思ったのか」そういったことの考え方や発信の仕方も書いてくれている。

オタクにとって、必要、と言うと過剰かもしれないが、大事な本になっていると思う。

自分の言葉、言葉うるさいよ、みたいな向きもあるのかもしれない。自分の気持ちと向き合う作業って、個人的にはある意味で「推しに熱中する方向性」と逆向きなんじゃないかなと思ったりする。「自分を忘れたい」時もあるんじゃないかな。それってネガティブだったり、現実的なことだったり、「好き」というエネルギーでなにもかもぶっとばす瞬間、しかしそれを語るとき、「自分」は戻ってくる。
自分が何を見て、どう思い、どう感じたのか。それを言葉にすることは、誰かにとっては苦痛なのかもしれない。でも、語りたいと思ったとき、それはやっぱり「自分を肯定できる瞬間」でもあるとも思う。

こうやって、文章書いてますが、それってやっぱり自由で気持ちいいです。書きながら、ああ、こうだったんだな、と気づくときもある。実はちゃんとノートに書いて記事書いてみようと思ったが、なんか気にせず書いてしまっている。笑。
この本の最終地点は、というか、大きな目標に「他者に伝えること」「発信する力を持つこと」があると思うけど、まあこんなかんじに気楽にだらだら書くことも、ひとつのゴールなんじゃないかなと思う。

自分の気持ちを大事にすること。自分の言葉で語ってみること。やっぱり、とてもいいことなんだなと、この本を読んで思いました。
いい本だと思います。
推しにのみらずね、「語り方わかんないや」って人にもおススメです。

この世界は、今「語る人」が少なくて、みんな「語る人」に影響されちゃうんですよ。
でも、自分が語れる人になると、そういうの、ガードできちゃうというか、自分を守るすべにもなると思う。
自分の言葉って、つまり、自分の軸だから。

そういうの、ちゃんと大事にしていこうねって、言ってくれてる本です。

有難うございました。
終わり。



#本

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