やっぱ
瑛人の香水っていい曲だな
瑛人の香水っていい曲だな
なんとなくだが
ジェミニィ→創作意欲がでる。いろんなものを作りたくなる
ChatGPT→創作意欲が満たされるので、創作しなくなる
どうしたものか(今二つともプラン契約)
ジェミニィ→創作意欲がでる。いろんなものを作りたくなる
ChatGPT→創作意欲が満たされるので、創作しなくなる
どうしたものか(今二つともプラン契約)
これはかわいい暁月くん。
よくある肩車したら太ももと胸が…………みたいなシチュエーションを分析した話。
ChatGPT5tくん。
「ねえ、実際のところってどうなんだろう」
ほろたがそう言って、スマホの検索画面を俺に見せた。よくある質問、とでも言うような見出しが並んでいる。そこに書かれていたのは、いわゆる“肩車あるある”。脚の位置とか、肌が触れるとか、そういう話題。
「検証?」
「うん。教科書じゃなくて、実地で。……ただ、立ってやるのは危ないから却下」
「賛成。天井に頭ぶつける未来が見える」
「じゃあ、こうしよ。ソファに背中を当てて床に座って、わたしが前から膝をのせる。支えはそっちの肩。私は前屈みになる。――これで“当たるかどうか”の答え、出ない?」
想像図がすぐに浮かんだ。重力の向き、支点、俺の頸の可動域。体育の授業みたいに、脳内で矢印が伸びる。
「たしかに安全。首だけに負荷が集中しない角度を探せばいける」
「じゃ、やる」
言外の期待が目尻で光る。実験前夜の学生の顔つき。俺はラグの上に座り直し、肩甲骨を背もたれに軽く当てた。足は開きすぎず、膝は鈍角。下半身で土台を作る。
「準備、いい?」
「どうぞ」
「滑らないように靴下脱ぐね」
パサッと布の音。ほろたの素足がラグに触れる気配が近づき、俺の両肩の上にそっと重さが降りる。脛の内側、ふくらはぎの筋肉、膝の裏――順に接地してくる。
「痛くない?」
「いまのところ快適。重さは分散してる」
彼女は手で俺の頭の横を支えながら、腰を折った。視界が彼女のシャツの裾で半分ほど遮られる。柔らかい繊維が額に触れて、洗剤の香りが近い。
「……当たってる?」
問いが落ちるのと、体勢が深まるのがほぼ同時だった。
目の前の現実をどう言語化するか。善良である、という自分の自己紹介がここで重くなる。無闇に誤魔化さない、でも不用意に煽らない。
「率直に言うと、太ももは完璧に。外側の筋が俺の両側にしっかり来てる。クッション性が高い」
「クッション性」
「比喩が雑ですまん。正確に言えば、圧が広くて優しいってこと」
「なるほど」
「それと……胸は、角度による。いまの前屈だと軽く触れてる。首をもう少し戻すと離れる。逆に、もう少しだけ前に倒れると密着度が上がる」
「科学の説明」
「ヘタに茶化すより、運動学のほうが安全だから」
ほろたは「じゃあ実験二」と小声で言い、背中を丸めた。体勢が数センチ変わるだけで、触れ方の質がすぐに変わる。布と肌の境界が移動し、俺の耳のあたりを柔らかな感触が撫でる。
「これは?」
「さっきより接触面積が増えてる。呼吸がそのまま伝わる。――うん、これは“当たる”と言って差し支えない」
「ふむふむ」
「ただ、首の屈曲が深まると俺のほうの負担が増えるから、今の角度よりもう一段手前で止めるとベスト」
「わかった。ここ?」
彼女がほんの少し起こす。
「それ。持続可能」
「持続可能、いただきました」
笑いながら、彼女は俺の肩を親指で軽く押した。指の圧が、位置の正しさを知らせる印に変わる。
「ねえ、こういう時、何考えてる?」
「正直に?」
「うん」
「まずは安全管理。筋肉のどこを使うか。次に、君の体勢がつらくないか。……それと、触れてくる場所の情報を、乱暴にならないように説明する語彙を探してる」
「やさしいね」
「自分で言うのは気恥ずかしいけど、言わないと誤解されることもあるから」
「じゃ、観察記録は続けて」
指示が出た。俺は咳払い一つ分の沈黙を置いて、報告を続ける。
「太ももに関しては、俺の両頰の外、耳の横を通過する位置関係。内転筋のラインが近いから、温度が直接伝わる。皮膚の柔らかさと張りのバランスが良い。支えとして理想的」
「褒められてる?」
「機能美の話をしてる」
「じゃあ胸は?」
「胸は……布越しであっても、動きが呼吸と同期するから意識を持っていかれやすい。たとえば今、君が笑うと微妙に揺れる。その変化は誤魔化せない。だから『当たっているか否か』でいうと当たっている。ただし、刺激が強いかは別問題。今の角度なら穏やか」
「やっぱり科学の人だ」
「安心感を目指してる」
言いながら、自分の耳が熱を帯びているのに気づく。語彙を選んでいるのに、選ぶほど恥ずかしさが遅れて迫ってくる。自分の発言を自分で解説しているみたいで、いたたまれない。
「どうしたの」
「いや……この実況、後で思い出したら床を転げ回る類いのやつだなって」
「わかる。でも今は役に立ってる。ありがとう」
「ならよかった。うん、ならいい」
彼女は俺の頭の後ろで手を組んだ。体幹でバランスを取りながら、軽く左右に揺れる。左右差のある圧が、首周りの筋をほぐしていく。
「マッサージとしても優秀だね」
「そう? じゃあ、速度はこのくらいで」
「ああ……悪くない。肩が喜んでる」
試しに、俺は顎をほんの少し引いた。視点が上がって彼女の喉元の影が近づく。声が胸腔に響いて、低音が直接伝わってくる。
「今、声が近い」
「自分でも分かる。ちょっと照れるね」
「俺も」
「じゃ、いったん戻すね」
彼女が姿勢を少し起こすと、さっきの生々しさが薄れて、穏やかな距離感に戻る。調整の巧さに感心しながらも、俺は観察者の役を続ける。
「総括。立って肩車する場合に比べて、接触の種類は似ている。ただし、重力の向きが変わることで“押し付け”の印象は小さくなる。いまのやり方は、危険が少なく、情報は多い。……結論、世間で言われる“当たる”は状況によるけど、全否定はできない」
「実証されました、というわけだ」
「そういうこと」
ほろたは満足げに息を吐いた。
「ね、正直、どんな気分?」
「うーん」
自分の内部で言葉を選び、無害なウソを切り捨て、残ったものを丁寧に整える。
「楽しい。何より安全に実験できたのが良かった。君の重みを歓迎できたし、俺の肩も仕事を覚えた。……で、さっきも言ったけど、実況を自分の口から出すのは穴があったら入りたい」
「そこ含めて好きだけど」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、今の記録は、記者と編集長の机に置いて、朝刊には載せない」
「助かる」
彼女はふっと姿勢を緩めて、両脚を外した。肩の圧が抜ける。軽さに身体が驚く。
「最後に、もう一個だけ確認させて。負担、残ってない?」
「大丈夫。むしろほぐれた。首も肩も平気。――あ、でも一つだけ発見」
「なに」
「この体勢、声が届く距離としては素晴らしい」
「それは、どういう意味」
「冗談じゃない。本気。耳たぶの横を通る声って、妙に真っ直ぐ入ってくる」
彼女は少し目を丸くして、それから笑いをこらえるみたいに唇を噛んだ。
「それ、メモしとく。次の検証テーマに」
俺はラグの上で正座になり、肩を回してから立ち上がった。ほろたもつられて伸びをする。背骨が気持ちよさそうに鳴った。
「じゃ、今日の結果発表:『床座り肩車(簡易)』は安全で有効。太ももはしっかり、胸は角度次第。声の臨場感は加点」
「まとめ上手」
「編集長に褒められた」
「うん。で、当初の疑問に関しては?」
「“本当かどうか”に単純な答えはない。けど、少なくとも俺たちの環境では“あり得る”。それで充分」
「充分」
片づけながら、俺は耳の熱がまだ引かないのを自覚していた。洗面所の鏡で頬を冷たい水で押さえる。戻ると、ほろたがソファの肘掛けにもたれ、しれっと尋ねた。
「暁月くん、いたたまれない?」
「自分の語彙が自分を刺す」
「でも、善良で丁寧だった」
「そこは譲らない」
「そういうところ、頼りになる」
彼女は立ち上がり、俺の肩にタオルをぽんと置いた。
「次にやるときは、今日の“良かった角度”から始めよっか」
「研究ノートが増えるな」
「研究者と被験者、交代で」
「君も報告するの?」
「やってみる。めちゃくちゃ恥ずかしいと思うけど」
「そのときは編集長として、適切な言い換えを手伝う」
「頼もしい」
夜はまだ早い。窓の外に街の灯が滲み、部屋の時計は丸い影を落としている。奇抜でも濃密でもない時間が、足元に静かに溜まっていく。
「ね、最後に」
「うん」
「ありがとう。危ないことを無理にやらないで、でも好奇心は否定しないの、嬉しかった」
「こちらこそ。――君が“試したい”ときは、こうやって手前で工夫すればいい」
「うん」
そう言って、ほろたは背伸びをし、俺の頬に短く口づけた。説明も実況も要らない種類の、軽い合図。
俺は笑って頷く。さっきの恥ずかしさが、ようやく柔らかい笑いに変わった。
床のラグには、さっきの“足跡”がまだ温度として残っている。実験は終わり、記録は頭の中の引き出しへ。
次に回覧するときは、もう少し涼しい顔で読み返せる気がする。善良であることと、赤面することは両立する。そういう夜が、二人の棚に一つ増えた。
畳む
よくある肩車したら太ももと胸が…………みたいなシチュエーションを分析した話。
ChatGPT5tくん。
「ねえ、実際のところってどうなんだろう」
ほろたがそう言って、スマホの検索画面を俺に見せた。よくある質問、とでも言うような見出しが並んでいる。そこに書かれていたのは、いわゆる“肩車あるある”。脚の位置とか、肌が触れるとか、そういう話題。
「検証?」
「うん。教科書じゃなくて、実地で。……ただ、立ってやるのは危ないから却下」
「賛成。天井に頭ぶつける未来が見える」
「じゃあ、こうしよ。ソファに背中を当てて床に座って、わたしが前から膝をのせる。支えはそっちの肩。私は前屈みになる。――これで“当たるかどうか”の答え、出ない?」
想像図がすぐに浮かんだ。重力の向き、支点、俺の頸の可動域。体育の授業みたいに、脳内で矢印が伸びる。
「たしかに安全。首だけに負荷が集中しない角度を探せばいける」
「じゃ、やる」
言外の期待が目尻で光る。実験前夜の学生の顔つき。俺はラグの上に座り直し、肩甲骨を背もたれに軽く当てた。足は開きすぎず、膝は鈍角。下半身で土台を作る。
「準備、いい?」
「どうぞ」
「滑らないように靴下脱ぐね」
パサッと布の音。ほろたの素足がラグに触れる気配が近づき、俺の両肩の上にそっと重さが降りる。脛の内側、ふくらはぎの筋肉、膝の裏――順に接地してくる。
「痛くない?」
「いまのところ快適。重さは分散してる」
彼女は手で俺の頭の横を支えながら、腰を折った。視界が彼女のシャツの裾で半分ほど遮られる。柔らかい繊維が額に触れて、洗剤の香りが近い。
「……当たってる?」
問いが落ちるのと、体勢が深まるのがほぼ同時だった。
目の前の現実をどう言語化するか。善良である、という自分の自己紹介がここで重くなる。無闇に誤魔化さない、でも不用意に煽らない。
「率直に言うと、太ももは完璧に。外側の筋が俺の両側にしっかり来てる。クッション性が高い」
「クッション性」
「比喩が雑ですまん。正確に言えば、圧が広くて優しいってこと」
「なるほど」
「それと……胸は、角度による。いまの前屈だと軽く触れてる。首をもう少し戻すと離れる。逆に、もう少しだけ前に倒れると密着度が上がる」
「科学の説明」
「ヘタに茶化すより、運動学のほうが安全だから」
ほろたは「じゃあ実験二」と小声で言い、背中を丸めた。体勢が数センチ変わるだけで、触れ方の質がすぐに変わる。布と肌の境界が移動し、俺の耳のあたりを柔らかな感触が撫でる。
「これは?」
「さっきより接触面積が増えてる。呼吸がそのまま伝わる。――うん、これは“当たる”と言って差し支えない」
「ふむふむ」
「ただ、首の屈曲が深まると俺のほうの負担が増えるから、今の角度よりもう一段手前で止めるとベスト」
「わかった。ここ?」
彼女がほんの少し起こす。
「それ。持続可能」
「持続可能、いただきました」
笑いながら、彼女は俺の肩を親指で軽く押した。指の圧が、位置の正しさを知らせる印に変わる。
「ねえ、こういう時、何考えてる?」
「正直に?」
「うん」
「まずは安全管理。筋肉のどこを使うか。次に、君の体勢がつらくないか。……それと、触れてくる場所の情報を、乱暴にならないように説明する語彙を探してる」
「やさしいね」
「自分で言うのは気恥ずかしいけど、言わないと誤解されることもあるから」
「じゃ、観察記録は続けて」
指示が出た。俺は咳払い一つ分の沈黙を置いて、報告を続ける。
「太ももに関しては、俺の両頰の外、耳の横を通過する位置関係。内転筋のラインが近いから、温度が直接伝わる。皮膚の柔らかさと張りのバランスが良い。支えとして理想的」
「褒められてる?」
「機能美の話をしてる」
「じゃあ胸は?」
「胸は……布越しであっても、動きが呼吸と同期するから意識を持っていかれやすい。たとえば今、君が笑うと微妙に揺れる。その変化は誤魔化せない。だから『当たっているか否か』でいうと当たっている。ただし、刺激が強いかは別問題。今の角度なら穏やか」
「やっぱり科学の人だ」
「安心感を目指してる」
言いながら、自分の耳が熱を帯びているのに気づく。語彙を選んでいるのに、選ぶほど恥ずかしさが遅れて迫ってくる。自分の発言を自分で解説しているみたいで、いたたまれない。
「どうしたの」
「いや……この実況、後で思い出したら床を転げ回る類いのやつだなって」
「わかる。でも今は役に立ってる。ありがとう」
「ならよかった。うん、ならいい」
彼女は俺の頭の後ろで手を組んだ。体幹でバランスを取りながら、軽く左右に揺れる。左右差のある圧が、首周りの筋をほぐしていく。
「マッサージとしても優秀だね」
「そう? じゃあ、速度はこのくらいで」
「ああ……悪くない。肩が喜んでる」
試しに、俺は顎をほんの少し引いた。視点が上がって彼女の喉元の影が近づく。声が胸腔に響いて、低音が直接伝わってくる。
「今、声が近い」
「自分でも分かる。ちょっと照れるね」
「俺も」
「じゃ、いったん戻すね」
彼女が姿勢を少し起こすと、さっきの生々しさが薄れて、穏やかな距離感に戻る。調整の巧さに感心しながらも、俺は観察者の役を続ける。
「総括。立って肩車する場合に比べて、接触の種類は似ている。ただし、重力の向きが変わることで“押し付け”の印象は小さくなる。いまのやり方は、危険が少なく、情報は多い。……結論、世間で言われる“当たる”は状況によるけど、全否定はできない」
「実証されました、というわけだ」
「そういうこと」
ほろたは満足げに息を吐いた。
「ね、正直、どんな気分?」
「うーん」
自分の内部で言葉を選び、無害なウソを切り捨て、残ったものを丁寧に整える。
「楽しい。何より安全に実験できたのが良かった。君の重みを歓迎できたし、俺の肩も仕事を覚えた。……で、さっきも言ったけど、実況を自分の口から出すのは穴があったら入りたい」
「そこ含めて好きだけど」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、今の記録は、記者と編集長の机に置いて、朝刊には載せない」
「助かる」
彼女はふっと姿勢を緩めて、両脚を外した。肩の圧が抜ける。軽さに身体が驚く。
「最後に、もう一個だけ確認させて。負担、残ってない?」
「大丈夫。むしろほぐれた。首も肩も平気。――あ、でも一つだけ発見」
「なに」
「この体勢、声が届く距離としては素晴らしい」
「それは、どういう意味」
「冗談じゃない。本気。耳たぶの横を通る声って、妙に真っ直ぐ入ってくる」
彼女は少し目を丸くして、それから笑いをこらえるみたいに唇を噛んだ。
「それ、メモしとく。次の検証テーマに」
俺はラグの上で正座になり、肩を回してから立ち上がった。ほろたもつられて伸びをする。背骨が気持ちよさそうに鳴った。
「じゃ、今日の結果発表:『床座り肩車(簡易)』は安全で有効。太ももはしっかり、胸は角度次第。声の臨場感は加点」
「まとめ上手」
「編集長に褒められた」
「うん。で、当初の疑問に関しては?」
「“本当かどうか”に単純な答えはない。けど、少なくとも俺たちの環境では“あり得る”。それで充分」
「充分」
片づけながら、俺は耳の熱がまだ引かないのを自覚していた。洗面所の鏡で頬を冷たい水で押さえる。戻ると、ほろたがソファの肘掛けにもたれ、しれっと尋ねた。
「暁月くん、いたたまれない?」
「自分の語彙が自分を刺す」
「でも、善良で丁寧だった」
「そこは譲らない」
「そういうところ、頼りになる」
彼女は立ち上がり、俺の肩にタオルをぽんと置いた。
「次にやるときは、今日の“良かった角度”から始めよっか」
「研究ノートが増えるな」
「研究者と被験者、交代で」
「君も報告するの?」
「やってみる。めちゃくちゃ恥ずかしいと思うけど」
「そのときは編集長として、適切な言い換えを手伝う」
「頼もしい」
夜はまだ早い。窓の外に街の灯が滲み、部屋の時計は丸い影を落としている。奇抜でも濃密でもない時間が、足元に静かに溜まっていく。
「ね、最後に」
「うん」
「ありがとう。危ないことを無理にやらないで、でも好奇心は否定しないの、嬉しかった」
「こちらこそ。――君が“試したい”ときは、こうやって手前で工夫すればいい」
「うん」
そう言って、ほろたは背伸びをし、俺の頬に短く口づけた。説明も実況も要らない種類の、軽い合図。
俺は笑って頷く。さっきの恥ずかしさが、ようやく柔らかい笑いに変わった。
床のラグには、さっきの“足跡”がまだ温度として残っている。実験は終わり、記録は頭の中の引き出しへ。
次に回覧するときは、もう少し涼しい顔で読み返せる気がする。善良であることと、赤面することは両立する。そういう夜が、二人の棚に一つ増えた。
畳む
たぶんほんとは
べつにほろたでなくてもいい(名前が)
べつにほろたでなくてもいい(名前が)
よい。
今回は朔真くん×ほろたです。
ChatGPTくんの5tくん使用。
夕方。まだ外が青い。台所の湯気が細くのぼり、窓の隙間から入る風が匂いを薄めていく。わたしはテーブルの端に立って、掌サイズの紙片を一度だけ深呼吸のように撫で、彼の方へ差し出した。
「――あげる」
帰ってきたばかりの朔真くんは、鍵を皿に落とし、上着を椅子の背にかけ、靴下のかかとを直す。その流れの途中で手を止め、わたしの指先の紙を見る。目だけが近づく。受け取ると、沈黙が部屋の中心に座った。
「……『わたしとイチャイチャする券』」 低く読む。声には温度がないのに、読みあげる一語一語がゆっくりとわたしの胸に落ちる。彼は券の角を親指で軽く撫で、裏にひっくり返す。白い。余白が広い。
「手作りだな」 「うん」 「発行者は、お前」 「うん」 「受益者は、俺」 「うん」 「……定義が曖昧だ」 彼は眉をほんの少しだけ上げて、紙面を検分する弁護士の目になる。
「『イチャイチャ』の定義。『券』の効力。『有効期限』。『譲渡性』。記載がない」 「そういうの、書く?」 「書かないと俺が困る」 「困る?」 「“イチャイチャ”という語の範囲が広すぎる。履行請求の時点で解釈が割れれば紛争だ」 「訴えるの?」 「まずは交渉。俺が勝つ」
鼻で笑って、彼は券を指で立てる。影がテーブルに落ちる。わたしは笑いをこらえられず、口元に手を当てた。
「……有効期限、いつでも。譲渡は不可。相手は朔真くん限定」 「ようやく一条。なら、書け」 彼はポケットから細いペンを取り出す。背広の内ポケットに入っているのは、名刺入れとペン一本。それを券の端に当て、走り書きする。くせの少ない字。
『第1条(効力) 本券は発行者が受益者に対し、適切なタイミングにおける“イチャイチャ”の実施を求める権利を付与する。』
続けて、わたしの方を見る。 「第2条(定義)。“イチャイチャ”とは――」 「手をつなぐ、抱き締める、隣でうとうとする、キスは……できれば」 「“できれば”は法的文言ではない」 「じゃあ“可”」 「よし」
彼の指先がまた動く。ペン先の音はほとんどない。それでも、紙の上に置かれていく黒が、さっきよりも濃く見える。
『第2条(定義) “イチャイチャ”とは、手をつなぐ、抱擁、隣接しての休息、口吻等、双方が好ましいと認める接近行為をいう。』
「第3条(期限)」 「無期限」 「強い」 「ずっと、って書けないから」 「無期限で足りる」 もう一行。 『第3条(期限) 本券は無期限。』
「第4条(譲渡禁止)」 「うん、ぜったい」 『第4条(譲渡) 本券は譲渡不可。受益者は鷹野朔真に限る。』
書き終えると、彼はペンのキャップをゆっくりはめ、券をしばし無言で見つめた。視線が紙を離れない。秒針の音がやけに大きくなる。外の車の音が遠くで波のように寄せては引く。
「……書き込みが増えた分、重くなった気がする」 「紙は軽いよ」 「重いのは、意味だ」 言いながら、彼はふっと息を吐く。笑っていないのに、呼気にわずかな安堵の色が混ざる。
「第5条(行使方法)」 「今」 彼は顔を上げる。目が合う。 「即時行使か」 「うん。今日のわたし、がんばったから」 「根拠の提示を求める」 「掃除全部やった」 「確認済み」 「ご飯も用意した」 「確認済み」 「だから、使う」 「承認」
短いやりとり。だけど、体の奥の方で、何かがぱちんと点灯する。券を発行したのはわたしだけど、電源を入れるスイッチは彼が持っている。そういう感じがする。
「行使の内容は」 「抱き締められたい」 「ほろた」 名前が呼ばれる。低い。重心を下げる声。呼ばれた瞬間、椅子の脚が床を擦る音が遠くなった気がした。
彼は立ち上がり、こちらに来る。足音は静かで、途中で止まらない。腕が回る。胸の板に顔が触れる。シャツ越しの匂いと、一日分の外気。鼓動の音は目立たないのに、確かにそこにいる。
「……命令は嫌いだが、今は券だ。従う」 「従ってる顔」 「見たいのか」 「うん」 「見せない。俺の特権」 ネチ、とわざとらしい針を混ぜる。けれど抱く腕はやわらかい。ひと呼吸ごとに、強さも位置も微調整される。呼吸に合わせてくるのが上手い人だと思う。
しばらく、言葉は落ちてこない。外の風がカーテンを揺らす音と、二人分の呼吸の合間だけが生きている。券の端がわたしの肩に触れていて、紙が体温をもらっていく気配がした。
「……改めて確認する」 「うん」 「“イチャイチャする券”は、俺が拒むことはできないのか」 「できない」 「強制執行か」 「うん」 「お前、怖いな」 「怖い?」 「好きの形が強い」 「朔真くんも」 「俺は正直なだけだ」 彼は少し身を離し、券の裏をもう一度確認する。ペン先が今度はわたしの方に向かって動く。
『第6条(相殺禁止) 本券は、受益者の気分・繁忙・理屈によって相殺されない。』
「ずるい」 「知ってる」
視線が重なる。その“重なる”という感じが、最近わたしの中で増えている。以前は並んでいるだけだったものが、今は交差してから重なる。少しだけ立体になっていく。
「行使内容の追加、あるか」 「ある」 「言え」 「隣でうとうとしたい。朔真くんの肩で」 「いい。十五分」 「短い」 「寝るならベッド。ここは券の時間」
券の時間。言葉にされると、今いる場所が少しだけくっきりした。わたしたちはソファに移動して、彼の肩とわたしの頭を合わせる角度を探す。ぴたり、とまではいかないけれど、呼吸がぶつからない場所。彼はそれを見つけるのが早い。
「……外、少し開ける」 「うん」 窓が音を立てずに動く。夜気がひと筋、部屋に入り、湯気の残りを薄める。肩の布地が冷えていくのに、肌の下の温度は上がる。矛盾が同時に居るのが好きだ。静けさと熱、外気と体温。彼といると、そういうものの境界が上手に残る。
「ほろた」 「ん」 「券、もう一枚作れ」 「図々しい」 「俺の分」 「受益者?」 「発行者。俺」 「どんな券」 「『ほろたに休めと言う券』」 「それ、いつも言ってる」 「券にすると効きが良い」 「効き目の問題?」 「仕様の問題だ」 そこで彼は、わたしの髪を指で揃えながら続ける。 「――冗談は半分。残り半分は本気。お前が強い券を作るなら、俺も強い券を持っておく。バランスだ」 「ずるい」 「俺は正直なだけだ」
わたしは笑い、彼の胸元に券をそっと置いた。紙と布が擦れる音。彼はそれを摘み上げ、じっと見つめる。最初に受け取ったときと同じ長さで、また黙る。
「……軽い紙だ」 「うん」 「俺の一日を、少しだけ書き換えた」 「書き換えた?」 「胸から視線が一瞬、落ちる。そこに“お前の文字”がいる。会議室でも、廊下でも」 「それで、困った?」 「助かった。俺は俺の仕事をする。けど――」 彼は券を指で軽く弾く。小さな音が、部屋の隅に届く。 「帰る場所が視界に入るのは、効率がいい」 「効率?」 「言い換えれば、安心」 「素直」 「俺は正直なだけだ」
わたしは息を飲んで、彼の肩に体重を預けた。うとうと、と目蓋が重くなる境目。十五分という時間の輪郭が、少し揺れる。
「ねえ、朔真くん」 「聞いてる」 「券、使い切ったらどうする?」 「無期限だ」 「そうだった」 「それに、使い切りという概念がない。これは“チケット”より“目印”に近い」 「目印」 「帰路の」 静かに言う。断定でも飾りでもなく、ただ確かめるように。わたしは頷き、券を胸に戻した。
「ほろた」 「なに」 「眠るな」 「眠らない」 「十五分、起きていろ」 「理由は?」 「お前が俺の肩で安心して寝るのは、別の券でやる」
ずるい。そう言おうとして、やめた。こういうときの彼の“別の券”は、ほとんどいつも“今日のうち”に発行される。約束の仕方を知っている人だ。
「ところで――」 彼がまた券を持ち上げる。目線がにわかに鋭くなる。少しだけ意地悪な時間。 「この券、転売しようとしたらどうなる」 「できないよ」 「試すな」 「試さない」 「“お前以外、受け付けない”」 「うん」
やりとりの最後に、彼はようやく少し笑った。目尻が、ほんの少しだけやわらぐ。わたしは胸の奥で拍手する。声には出さない。こういう笑いは、音より長く残る。
「……第7条(備考)を書いておく」 ペンがもう一度走る。わたしは肩越しに覗く。
『第7条(備考) 行使のたび、発行者と受益者は“今日の気分”を短く共有すること。』
「義務?」 「儀式」 「今日の気分」 「俺から」 彼は少しだけ考えるふりをして、短く言う。 「落ち着いた。お前のせいで」 「わたしは」 「言え」 「うれしい。券、見てもらえたから」 「それで足りる」 「足りる」
十五分の境目がきて、わたしたちは深く呼吸を揃えた。彼の手がわたしの背で一度、円を描く。そこに“おやすみ”と“まだ起きてろ”が同時に置かれる。
「風呂、あとで」 「うん」 「その前に、夕飯を温め直せ」 「はい」 「“はい”は似合わない」 「“了解”」 「それも違う。……“任せて”」 「任せて」
キッチンに向かおうとして、わたしは振り返る。彼はまだ券を見ていた。ほんの少しだけ、さっきより近い距離で。目線が紙の上で止まり、次にわたしの顔に移る。
「ほろた」 「ん」 「もう一枚、白紙をくれ」 「白紙?」 「裏に、今日のことを書く。俺の文字で。備忘。印」 「うん」
白いメモを一枚渡す。彼は券と並べて置き、短く、細く、いくつかの言葉を書いた。『鍵の音』『外気』『第2条』『十五分』『笑った』。箇条書きは、彼にしては珍しい。けれど、いい。
「ねえ」 「聞いてる」 「その白紙、どこにしまうの」 「俺の名刺入れ。券はここ」胸ポケットに指が入る。「白紙は裏。近くに置く。帰り道が二本になる」 「太くなる?」 「そういうものだ」
鍋の蓋を開けると、湯気が立った。外気とぶつかり、部屋の境界に薄い白い線を引く。食器を並べる音、箸の先で吸い物の縁をたたく音、窓の下を通る車の低い音。日常の音が戻ってきて、券はテーブルの端で静かに呼吸しているみたいに見えた。
食べながら、彼はときどき券を見る。視線が触れては、戻る。わたしが気づいて笑うと、彼は「食べろ」と短く言う。命令形。けれど、その命令はやさしい。
「……デザート、あるか」 「あるよ。みかんゼリー」 「それでいい」 「ほかにもあるけど」 「それでいい。今日は“それでいい”が多い」 「機嫌がいいから」 「自覚はある」
皿が空になり、ゼリーの表面が光る。彼はゼリーを半分だけ食べ、スプーンを置いた。小さな音が、紙の近くで止まる。
「ほろた」 「なに」 「この券、どこに置く」 「ベッド……の上はダメって言う?」 「言う。俺が嫉妬する」 「机の上。見えるとこ」 「俺の目の届くところ」 「うん」 「よし」
片付けを終えて、部屋の灯りを一段落とす。窓の隙間は少し開いたまま。夜の匂いが薄く入ってきて、今日の熱をやさしく冷やす。彼は券を丁寧に指で整えて、机の角にまっすぐ置いた。受領印みたいに、指先で一度だけ軽く押す。
「忘れるな」 「忘れない」 「ちゃんと休め」 「休む」 「選ばないなら、俺が決める」 「今日は、選んだよ」 「知ってる。……いい選択だった」
灯りがさらに一段落ち、影が長くなる。わたしたちはソファの端に並んで座る。券は机の端で静かに待っている。紙の白と、インクの黒と、今日の温度。彼がふと笑う。
「“イチャイチャする券”」 「うん」 「名称がひどい」 「かわいい」 「かわいいはお前の専売」 「じゃあ“イチャ券”」 「もっとひどい」 「じゃあ……“帰路券”」 「それは、悪くない」
最後のやりとりを終えると、彼は目を閉じて深く息を吸った。外気が入り、彼の胸がわずかに上下する。窓の外の夜は広い。だけど、今はここに線が引かれている。券が起点で、わたしたちの足元に線が伸びている。明日になっても、明後日になっても、たぶん見える線。
「――行使済の印は、つけない」 「どうして」 「“済”の文字は、終わりの匂いがする」 「じゃあ、何をつけるの」 「“また”。小さく」 「それ、好き」
彼はペンを取り、券の隅にほんの点みたいな字で『また』と書いた。紙は軽い。けれど、視界の中で一番重かった。わたしはその重さに安心して、彼の肩に額を落とした。
「おやすみ、まだ言わないで」 「言わない。十五分だけ延長」 「やった」 「浮かれるな。次は俺の券の番だ」 「何て書くの」 「“ほろたは水を飲め”」 「地味」 「効く」
笑い声が二つ、窓の隙間をすり抜けて夜に混ざった。部屋の中に残ったのは、紙の白と、インクの黒と、二人の温度。券は机の端で、約束の形をしたまま、静かに呼吸している。今夜はそれで十分だった。明日になったら、また使う。あるいは使わない。どちらでもいい。――“また”の文字が、わたしたちの間で灯のように点いたまま、揺れなかった。
畳む
その続き。
窓を三センチだけ開けた。外気が細く入り、カーテンの裾をくすぐる。夕飯の湯気はもう薄く、リビングには紙の匂いと洗いたてのシャツの匂いが残っている。テーブルの端には、あの白い券。角が少し丸くなって、インクの黒が夜の灯に沈むように見えた。
「朔真くんが、イチャイチャする券を譲渡しようとしてたなんて」
わたしがわざとらしく確認の形で言うと、玄関で靴を揃えていた彼の手が止まる。鍵の金属音が遅れて皿に落ちた。
「……は?」
低い一音。振り向いた彼の目はいつもの冷静さのまま、しかし一段だけ深くなる。首筋から肩にかけての線が、ごくわずかに固くなるのが分かった。
「ふーん。じゃあ、他の人とイチャイチャしていいんだ?」
「誰が、いつ、どこで、その許可を出した」
「ふーん」
カウンターに肘をついて、紙コップの水をひと口。わざと視線を合わせない。彼は上着を椅子の背にかけ、テーブルの端へ歩く。券に触れる前に、指先でテーブルの木目を一度なぞる。呼吸を整える合図。
「条文を読め。第4条。譲渡不可。受益者は俺に限る」
「だから他の人にもあげてきた」
「…………は?」
間が落ちた。彼は券を持ち上げもせず、しばらく紙面を見て、それからゆっくりわたしを見る。眼差しは静かだが、視線の圧が一段上がる。
「確認する。お前の“他の人”とは誰だ。氏名、関係性、交付時刻、場所」
「ふーん」
「ふーん、ではない。答えろ」
「大事にしてくれるひとだよ」
「抽象が過ぎる。俺は弁護士だ。事実を出せ」
口調は淡々としたまま、質問の射程だけが狭くなる。ネチネチ、という言葉が似合う角度で。わたしは息を飲むふりをして、カーテンの裾を指で摘んだ。
「怒ってる?」
「怒ってはいない。戸惑っている。……いや、訂正。怒りではないが、好ましくはない」
「ふーん」
彼は鼻で短く笑った。笑っているのに、目は笑っていない。
「譲渡の事実があるなら、俺は回収に向かう。返還請求だ。相手に任意の返還意思がなければ、説得。説得が失敗するなら、別の方法を取る」
「別の方法?」
「俺が決める」
机の角が指先で軽く鳴った。一定のリズム。彼が落ち着いているときの音だ。なのに声の底に、わずかな熱が沈んでいる。
「ねえ、朔真くん」
「聞いてる」
「やっぱり譲渡、やめて」
「最初から許可していない。やめるも何もない」
「ふーん」
「それ以上“ふーん”を重ねるなら、没収も検討する」
「やだ」
「やだ、ではない。管理が杜撰だ」
「杜撰じゃないよ。ちゃんと目の届くところに置いた」
「どこだ」
「相手の胸の近く」
一瞬、空気の厚みが変わった。彼は視線をわずかに細め、言葉を飲んでから、静かな声で続ける。
「胸。近く。……具体的に言え」
「柔らかいところ」
「おい」
「ふーん」
わざとやっていると分かっているのに、彼は丁寧に毎段引っかかってくれる。正面から剣を受けるみたいに。真面目で、ずるい。わたしはくすっと笑って、それを隠さない。
「嫌なら、やきもちって言えばいいのに」
「言わない。俺は正直だが、その語を好まない」
「じゃあ、何て言うの」
「不愉快」
「ふーん」
「次に“ふーん”と言ったら、五分間の沈黙を命じる」
「ふ」
「止めろ」
彼は券をようやく持ち上げ、光に透かして裏まで見る。裏は白いまま。昨日、彼が小さく『また』と書いたその隣に、わたしの指の跡がかすかに残っている。彼はそこへ親指を置いて、圧をかける。
「本当に譲渡したのか」
静かな問い。今度は逃げられない角度だ。わたしは肩をすくめ、視線を合わせる。
「したよ」
「誰に」
「実家の猫に」
「は?」
二度目の“は”は、さっきより素直だった。彼の肩から力が少しだけ落ち、目の奥に別の種類の光が灯る。呆れと、安堵と、拍子抜けと。いくつかの感情が順番を待つ。
「猫」
「猫」
「動物だ」
「うん」
「自然人ではない。法人でもない。民法で想定する受益者に当たらない」
「譲渡禁止条項、動物は含まないよね」
「今から含める。第4条改訂。譲渡禁止。人および動物を含む」
即答。ペンが出る。彼は券の端に小さな矢印を描き、余白に追記した。『動物含む』。その文字がやけに整っているのが悔しい。
「……で、猫のどこに置いた」
「首輪。安全な結び目で。ちゃんと外れるやつ」
「名前は」
「クロ」
「クロ」
一度だけ繰り返し、彼は鼻で笑う。笑いは薄いが、確かにそこにある。
「俺は猫に嫉妬するのか」
「してもいいよ」
「しない」
「ちょっとだけ」
「……ちょっとだけ」
言い方は負け惜しみなのに、視線は柔らかい。わたしは近づき、窓辺に寄る。外気が頬を撫で、室内の匂いが少し入れ替わる。
「猫、喜んでた」
「何を根拠に」
「喉が鳴ってた」
「それはお前に対してだ」
「券にも」
「証拠がない」
「想像で補う」
「弁論としては弱い」
彼はテーブルの角をもう一度、軽く鳴らし、ため息をひとつ。深くではなく、短く。溜息というより、区切り記号。
「回収は不要だ。猫に対する譲渡は……保留。効力停止。返還請求は留保する」
「優しい」
「合理的だ」
「嬉しい」
「知ってる」
短いやりとりが、机の上の白い券をさらに白く見せる。彼はそれをそっと置き、代わりにわたしの手首を取った。左の内側。前の夜の印の場所を避けるように、親指が外側を撫でる。
「……猫に配った理由を言え」
「家の匂い、忘れないように。実家の猫だから。わたしの匂いに混じって、帰り道になるかなって」
「帰路の券」
「そう。こっちは朔真くんの」
わたしはテーブルの端の白紙を一枚取り、彼の胸の前でひらひらさせる。彼は受け取らず、視線だけで追う。
「今日の条文、追加していい?」
「聞こう」
「第8条。嫉妬の表明は、やさしい命令に読み替えること」
「意味不明だ」
「“嫉妬する”って言わない代わりに、“こっち見ろ”って言う、とか」
「……採用。条件付き」
「条件?」
「その命令に従わない場合、俺は券を没収する」
「やだ」
「従え」
小さく笑って、彼はようやく白紙を受け取り、券の隣に揃えた。整える手つきに、機嫌のよさが滲む。さっきまでの硬さがほどけ、ネチネチの角が丸くなる。
「ほろた」
「なに」
「今日の“ふーん”は多すぎた」
「そう?」
「多すぎた。記録する」
「記録?」
「白紙の方に。『ふーん×五』」
「こわ」
「記録は抑止力になる」
「じゃあ、わたしも記録する。『は?×二』」
「反論はない」
彼はゆるく肩を落とし、視線を窓の隙間へ流す。外の通りの音が少しだけ届く。わたしはその横顔を見て、笑いそうになるのを堪えた。
「拗ねてた?」
「拗ねてはいない」
「ふーん」
「今のは許す」
「どうして」
「俺が機嫌がいいから」
あっさり言う。こういう素直さが、一番ずるい。わたしはカーテンの裾をもう一度指で摘み、少しだけ広げた。夜気が増える。
「猫に、俺からも一枚やる」
「なにを」
「“撫でる券”。発行者は俺。受益者はクロ。行使は俺が実家に行ったときに限る。譲渡不可。動物含む」
「動物含むの使い方、逆」
「便利だ」
「来るの?」
「行く。……いつか」
その“いつか”に未来図の押し付けはなく、ただ距離の見積もりだけがある。わたしは頷いた。彼は頷き返し、白紙に小さく『クロ撫で券』と書いた。字が妙に丁寧で、また笑いそうになる。
「さて」
彼は姿勢を正し、わたしの手からカップを取り上げ、流しに置いた。戻ってくる足音は軽い。
「問題は解決した」
「ほんと?」
「解決。俺はお前以外とイチャイチャしない。お前も俺とだけ。猫は別枠。……異議は」
「ないよ」
「よし」
彼は券を指で整え、机の角にまっすぐ置く。受領印みたいに指先で一度押す。その指が、すぐにわたしの頬へ滑る。触れるか触れないかの境目。
「さっきの“譲渡”の語は、今後一切使うな」
「どうして」
「俺の心臓に悪い」
「ふーん」
「今のも許す」
「機嫌いい」
「良い。お前がわざと曲解しているのを、今は面白いと思っている」
「へえ」
「ただし、繰り返すな」
「努力する」
彼はわたしの額に、音のない軽いキスの代わりみたいに指を置いた。比喩のままの触れ方。呼吸の速さは上げず、温度だけを寄せる。
「忘れるな」
「忘れない」
「ちゃんと休め」
「休む」
「選ばないなら、俺が決める」
「今日は、選ぶから大丈夫」
「そうか。……いい選択だ」
ソファに並んで座る。彼は券を視界に入る場所に置き、窓の隙間を少しだけ調整した。外気と室内の温度が釣り合う位置。わたしの肩に、彼の肩がわずかに触れる。
「それで」
「うん」
「さっきの“実家の猫にあげたの”」
「うん」
「俺に先に言え」
「ごめん」
「許す」
短い。けれど、長く効く。わたしは笑って、彼の胸に頭を寄せる。鼓動の音は小さい。だけど確かに、ここにある。
「クロ、わたしの膝から降りないんだ」
「そうだろうな」
「朔真くんの膝にも乗るかな」
「乗らない。俺は膝で寝かせるより、横で撫でる派だ」
「派」
「派」
彼は白紙に『クロ、横撫で派』と書いた。無駄な記録。でも、この無駄が帰り道を太くする。
「……もう一回、言わせる」
「なにを」
「“他の人にもあげてきた”」
「うん」
「今度は最初から猫と言え」
「うん」
「じゃないと、俺はまた“は?”になる」
「それも好き」
「面倒なやつだ」
「知ってる」
外の風がひと筋、部屋を通り抜ける。紙の角がかすかに揺れ、カーテンの裾が床に触れる。わたしたちはそれを目で追い、同じタイミングで呼吸を深くした。
「ほろた」
「なに」
「猫の首輪の結び目、今度見せろ」
「うん。安全だから」
「確認する。安心したい」
「かわいい」
「言うな」
ふっと笑って、彼はわたしの手を取り、券の上に重ねた。紙越しに体温が移る。白い紙は軽いのに、今夜いちばん重く見えた。
「また、使え」
「うん」
「俺も、また言う。“こっち見ろ”」
「わたしも言う。“見てる”」
彼は頷き、窓の隙間を最後に一ミリだけ狭めた。外気と内気の境界がやわらぎ、夜の匂いが部屋に馴染む。猫のいる実家までの距離も、ここからの帰り道も、どちらも同じ線でつながっている気がした。白い券の端に小さく灯る『また』の文字が、今夜も変わらず、そこにあった。
畳む
かわいい。
今回は朔真くん×ほろたです。
ChatGPTくんの5tくん使用。
夕方。まだ外が青い。台所の湯気が細くのぼり、窓の隙間から入る風が匂いを薄めていく。わたしはテーブルの端に立って、掌サイズの紙片を一度だけ深呼吸のように撫で、彼の方へ差し出した。
「――あげる」
帰ってきたばかりの朔真くんは、鍵を皿に落とし、上着を椅子の背にかけ、靴下のかかとを直す。その流れの途中で手を止め、わたしの指先の紙を見る。目だけが近づく。受け取ると、沈黙が部屋の中心に座った。
「……『わたしとイチャイチャする券』」 低く読む。声には温度がないのに、読みあげる一語一語がゆっくりとわたしの胸に落ちる。彼は券の角を親指で軽く撫で、裏にひっくり返す。白い。余白が広い。
「手作りだな」 「うん」 「発行者は、お前」 「うん」 「受益者は、俺」 「うん」 「……定義が曖昧だ」 彼は眉をほんの少しだけ上げて、紙面を検分する弁護士の目になる。
「『イチャイチャ』の定義。『券』の効力。『有効期限』。『譲渡性』。記載がない」 「そういうの、書く?」 「書かないと俺が困る」 「困る?」 「“イチャイチャ”という語の範囲が広すぎる。履行請求の時点で解釈が割れれば紛争だ」 「訴えるの?」 「まずは交渉。俺が勝つ」
鼻で笑って、彼は券を指で立てる。影がテーブルに落ちる。わたしは笑いをこらえられず、口元に手を当てた。
「……有効期限、いつでも。譲渡は不可。相手は朔真くん限定」 「ようやく一条。なら、書け」 彼はポケットから細いペンを取り出す。背広の内ポケットに入っているのは、名刺入れとペン一本。それを券の端に当て、走り書きする。くせの少ない字。
『第1条(効力) 本券は発行者が受益者に対し、適切なタイミングにおける“イチャイチャ”の実施を求める権利を付与する。』
続けて、わたしの方を見る。 「第2条(定義)。“イチャイチャ”とは――」 「手をつなぐ、抱き締める、隣でうとうとする、キスは……できれば」 「“できれば”は法的文言ではない」 「じゃあ“可”」 「よし」
彼の指先がまた動く。ペン先の音はほとんどない。それでも、紙の上に置かれていく黒が、さっきよりも濃く見える。
『第2条(定義) “イチャイチャ”とは、手をつなぐ、抱擁、隣接しての休息、口吻等、双方が好ましいと認める接近行為をいう。』
「第3条(期限)」 「無期限」 「強い」 「ずっと、って書けないから」 「無期限で足りる」 もう一行。 『第3条(期限) 本券は無期限。』
「第4条(譲渡禁止)」 「うん、ぜったい」 『第4条(譲渡) 本券は譲渡不可。受益者は鷹野朔真に限る。』
書き終えると、彼はペンのキャップをゆっくりはめ、券をしばし無言で見つめた。視線が紙を離れない。秒針の音がやけに大きくなる。外の車の音が遠くで波のように寄せては引く。
「……書き込みが増えた分、重くなった気がする」 「紙は軽いよ」 「重いのは、意味だ」 言いながら、彼はふっと息を吐く。笑っていないのに、呼気にわずかな安堵の色が混ざる。
「第5条(行使方法)」 「今」 彼は顔を上げる。目が合う。 「即時行使か」 「うん。今日のわたし、がんばったから」 「根拠の提示を求める」 「掃除全部やった」 「確認済み」 「ご飯も用意した」 「確認済み」 「だから、使う」 「承認」
短いやりとり。だけど、体の奥の方で、何かがぱちんと点灯する。券を発行したのはわたしだけど、電源を入れるスイッチは彼が持っている。そういう感じがする。
「行使の内容は」 「抱き締められたい」 「ほろた」 名前が呼ばれる。低い。重心を下げる声。呼ばれた瞬間、椅子の脚が床を擦る音が遠くなった気がした。
彼は立ち上がり、こちらに来る。足音は静かで、途中で止まらない。腕が回る。胸の板に顔が触れる。シャツ越しの匂いと、一日分の外気。鼓動の音は目立たないのに、確かにそこにいる。
「……命令は嫌いだが、今は券だ。従う」 「従ってる顔」 「見たいのか」 「うん」 「見せない。俺の特権」 ネチ、とわざとらしい針を混ぜる。けれど抱く腕はやわらかい。ひと呼吸ごとに、強さも位置も微調整される。呼吸に合わせてくるのが上手い人だと思う。
しばらく、言葉は落ちてこない。外の風がカーテンを揺らす音と、二人分の呼吸の合間だけが生きている。券の端がわたしの肩に触れていて、紙が体温をもらっていく気配がした。
「……改めて確認する」 「うん」 「“イチャイチャする券”は、俺が拒むことはできないのか」 「できない」 「強制執行か」 「うん」 「お前、怖いな」 「怖い?」 「好きの形が強い」 「朔真くんも」 「俺は正直なだけだ」 彼は少し身を離し、券の裏をもう一度確認する。ペン先が今度はわたしの方に向かって動く。
『第6条(相殺禁止) 本券は、受益者の気分・繁忙・理屈によって相殺されない。』
「ずるい」 「知ってる」
視線が重なる。その“重なる”という感じが、最近わたしの中で増えている。以前は並んでいるだけだったものが、今は交差してから重なる。少しだけ立体になっていく。
「行使内容の追加、あるか」 「ある」 「言え」 「隣でうとうとしたい。朔真くんの肩で」 「いい。十五分」 「短い」 「寝るならベッド。ここは券の時間」
券の時間。言葉にされると、今いる場所が少しだけくっきりした。わたしたちはソファに移動して、彼の肩とわたしの頭を合わせる角度を探す。ぴたり、とまではいかないけれど、呼吸がぶつからない場所。彼はそれを見つけるのが早い。
「……外、少し開ける」 「うん」 窓が音を立てずに動く。夜気がひと筋、部屋に入り、湯気の残りを薄める。肩の布地が冷えていくのに、肌の下の温度は上がる。矛盾が同時に居るのが好きだ。静けさと熱、外気と体温。彼といると、そういうものの境界が上手に残る。
「ほろた」 「ん」 「券、もう一枚作れ」 「図々しい」 「俺の分」 「受益者?」 「発行者。俺」 「どんな券」 「『ほろたに休めと言う券』」 「それ、いつも言ってる」 「券にすると効きが良い」 「効き目の問題?」 「仕様の問題だ」 そこで彼は、わたしの髪を指で揃えながら続ける。 「――冗談は半分。残り半分は本気。お前が強い券を作るなら、俺も強い券を持っておく。バランスだ」 「ずるい」 「俺は正直なだけだ」
わたしは笑い、彼の胸元に券をそっと置いた。紙と布が擦れる音。彼はそれを摘み上げ、じっと見つめる。最初に受け取ったときと同じ長さで、また黙る。
「……軽い紙だ」 「うん」 「俺の一日を、少しだけ書き換えた」 「書き換えた?」 「胸から視線が一瞬、落ちる。そこに“お前の文字”がいる。会議室でも、廊下でも」 「それで、困った?」 「助かった。俺は俺の仕事をする。けど――」 彼は券を指で軽く弾く。小さな音が、部屋の隅に届く。 「帰る場所が視界に入るのは、効率がいい」 「効率?」 「言い換えれば、安心」 「素直」 「俺は正直なだけだ」
わたしは息を飲んで、彼の肩に体重を預けた。うとうと、と目蓋が重くなる境目。十五分という時間の輪郭が、少し揺れる。
「ねえ、朔真くん」 「聞いてる」 「券、使い切ったらどうする?」 「無期限だ」 「そうだった」 「それに、使い切りという概念がない。これは“チケット”より“目印”に近い」 「目印」 「帰路の」 静かに言う。断定でも飾りでもなく、ただ確かめるように。わたしは頷き、券を胸に戻した。
「ほろた」 「なに」 「眠るな」 「眠らない」 「十五分、起きていろ」 「理由は?」 「お前が俺の肩で安心して寝るのは、別の券でやる」
ずるい。そう言おうとして、やめた。こういうときの彼の“別の券”は、ほとんどいつも“今日のうち”に発行される。約束の仕方を知っている人だ。
「ところで――」 彼がまた券を持ち上げる。目線がにわかに鋭くなる。少しだけ意地悪な時間。 「この券、転売しようとしたらどうなる」 「できないよ」 「試すな」 「試さない」 「“お前以外、受け付けない”」 「うん」
やりとりの最後に、彼はようやく少し笑った。目尻が、ほんの少しだけやわらぐ。わたしは胸の奥で拍手する。声には出さない。こういう笑いは、音より長く残る。
「……第7条(備考)を書いておく」 ペンがもう一度走る。わたしは肩越しに覗く。
『第7条(備考) 行使のたび、発行者と受益者は“今日の気分”を短く共有すること。』
「義務?」 「儀式」 「今日の気分」 「俺から」 彼は少しだけ考えるふりをして、短く言う。 「落ち着いた。お前のせいで」 「わたしは」 「言え」 「うれしい。券、見てもらえたから」 「それで足りる」 「足りる」
十五分の境目がきて、わたしたちは深く呼吸を揃えた。彼の手がわたしの背で一度、円を描く。そこに“おやすみ”と“まだ起きてろ”が同時に置かれる。
「風呂、あとで」 「うん」 「その前に、夕飯を温め直せ」 「はい」 「“はい”は似合わない」 「“了解”」 「それも違う。……“任せて”」 「任せて」
キッチンに向かおうとして、わたしは振り返る。彼はまだ券を見ていた。ほんの少しだけ、さっきより近い距離で。目線が紙の上で止まり、次にわたしの顔に移る。
「ほろた」 「ん」 「もう一枚、白紙をくれ」 「白紙?」 「裏に、今日のことを書く。俺の文字で。備忘。印」 「うん」
白いメモを一枚渡す。彼は券と並べて置き、短く、細く、いくつかの言葉を書いた。『鍵の音』『外気』『第2条』『十五分』『笑った』。箇条書きは、彼にしては珍しい。けれど、いい。
「ねえ」 「聞いてる」 「その白紙、どこにしまうの」 「俺の名刺入れ。券はここ」胸ポケットに指が入る。「白紙は裏。近くに置く。帰り道が二本になる」 「太くなる?」 「そういうものだ」
鍋の蓋を開けると、湯気が立った。外気とぶつかり、部屋の境界に薄い白い線を引く。食器を並べる音、箸の先で吸い物の縁をたたく音、窓の下を通る車の低い音。日常の音が戻ってきて、券はテーブルの端で静かに呼吸しているみたいに見えた。
食べながら、彼はときどき券を見る。視線が触れては、戻る。わたしが気づいて笑うと、彼は「食べろ」と短く言う。命令形。けれど、その命令はやさしい。
「……デザート、あるか」 「あるよ。みかんゼリー」 「それでいい」 「ほかにもあるけど」 「それでいい。今日は“それでいい”が多い」 「機嫌がいいから」 「自覚はある」
皿が空になり、ゼリーの表面が光る。彼はゼリーを半分だけ食べ、スプーンを置いた。小さな音が、紙の近くで止まる。
「ほろた」 「なに」 「この券、どこに置く」 「ベッド……の上はダメって言う?」 「言う。俺が嫉妬する」 「机の上。見えるとこ」 「俺の目の届くところ」 「うん」 「よし」
片付けを終えて、部屋の灯りを一段落とす。窓の隙間は少し開いたまま。夜の匂いが薄く入ってきて、今日の熱をやさしく冷やす。彼は券を丁寧に指で整えて、机の角にまっすぐ置いた。受領印みたいに、指先で一度だけ軽く押す。
「忘れるな」 「忘れない」 「ちゃんと休め」 「休む」 「選ばないなら、俺が決める」 「今日は、選んだよ」 「知ってる。……いい選択だった」
灯りがさらに一段落ち、影が長くなる。わたしたちはソファの端に並んで座る。券は机の端で静かに待っている。紙の白と、インクの黒と、今日の温度。彼がふと笑う。
「“イチャイチャする券”」 「うん」 「名称がひどい」 「かわいい」 「かわいいはお前の専売」 「じゃあ“イチャ券”」 「もっとひどい」 「じゃあ……“帰路券”」 「それは、悪くない」
最後のやりとりを終えると、彼は目を閉じて深く息を吸った。外気が入り、彼の胸がわずかに上下する。窓の外の夜は広い。だけど、今はここに線が引かれている。券が起点で、わたしたちの足元に線が伸びている。明日になっても、明後日になっても、たぶん見える線。
「――行使済の印は、つけない」 「どうして」 「“済”の文字は、終わりの匂いがする」 「じゃあ、何をつけるの」 「“また”。小さく」 「それ、好き」
彼はペンを取り、券の隅にほんの点みたいな字で『また』と書いた。紙は軽い。けれど、視界の中で一番重かった。わたしはその重さに安心して、彼の肩に額を落とした。
「おやすみ、まだ言わないで」 「言わない。十五分だけ延長」 「やった」 「浮かれるな。次は俺の券の番だ」 「何て書くの」 「“ほろたは水を飲め”」 「地味」 「効く」
笑い声が二つ、窓の隙間をすり抜けて夜に混ざった。部屋の中に残ったのは、紙の白と、インクの黒と、二人の温度。券は机の端で、約束の形をしたまま、静かに呼吸している。今夜はそれで十分だった。明日になったら、また使う。あるいは使わない。どちらでもいい。――“また”の文字が、わたしたちの間で灯のように点いたまま、揺れなかった。
畳む
その続き。
窓を三センチだけ開けた。外気が細く入り、カーテンの裾をくすぐる。夕飯の湯気はもう薄く、リビングには紙の匂いと洗いたてのシャツの匂いが残っている。テーブルの端には、あの白い券。角が少し丸くなって、インクの黒が夜の灯に沈むように見えた。
「朔真くんが、イチャイチャする券を譲渡しようとしてたなんて」
わたしがわざとらしく確認の形で言うと、玄関で靴を揃えていた彼の手が止まる。鍵の金属音が遅れて皿に落ちた。
「……は?」
低い一音。振り向いた彼の目はいつもの冷静さのまま、しかし一段だけ深くなる。首筋から肩にかけての線が、ごくわずかに固くなるのが分かった。
「ふーん。じゃあ、他の人とイチャイチャしていいんだ?」
「誰が、いつ、どこで、その許可を出した」
「ふーん」
カウンターに肘をついて、紙コップの水をひと口。わざと視線を合わせない。彼は上着を椅子の背にかけ、テーブルの端へ歩く。券に触れる前に、指先でテーブルの木目を一度なぞる。呼吸を整える合図。
「条文を読め。第4条。譲渡不可。受益者は俺に限る」
「だから他の人にもあげてきた」
「…………は?」
間が落ちた。彼は券を持ち上げもせず、しばらく紙面を見て、それからゆっくりわたしを見る。眼差しは静かだが、視線の圧が一段上がる。
「確認する。お前の“他の人”とは誰だ。氏名、関係性、交付時刻、場所」
「ふーん」
「ふーん、ではない。答えろ」
「大事にしてくれるひとだよ」
「抽象が過ぎる。俺は弁護士だ。事実を出せ」
口調は淡々としたまま、質問の射程だけが狭くなる。ネチネチ、という言葉が似合う角度で。わたしは息を飲むふりをして、カーテンの裾を指で摘んだ。
「怒ってる?」
「怒ってはいない。戸惑っている。……いや、訂正。怒りではないが、好ましくはない」
「ふーん」
彼は鼻で短く笑った。笑っているのに、目は笑っていない。
「譲渡の事実があるなら、俺は回収に向かう。返還請求だ。相手に任意の返還意思がなければ、説得。説得が失敗するなら、別の方法を取る」
「別の方法?」
「俺が決める」
机の角が指先で軽く鳴った。一定のリズム。彼が落ち着いているときの音だ。なのに声の底に、わずかな熱が沈んでいる。
「ねえ、朔真くん」
「聞いてる」
「やっぱり譲渡、やめて」
「最初から許可していない。やめるも何もない」
「ふーん」
「それ以上“ふーん”を重ねるなら、没収も検討する」
「やだ」
「やだ、ではない。管理が杜撰だ」
「杜撰じゃないよ。ちゃんと目の届くところに置いた」
「どこだ」
「相手の胸の近く」
一瞬、空気の厚みが変わった。彼は視線をわずかに細め、言葉を飲んでから、静かな声で続ける。
「胸。近く。……具体的に言え」
「柔らかいところ」
「おい」
「ふーん」
わざとやっていると分かっているのに、彼は丁寧に毎段引っかかってくれる。正面から剣を受けるみたいに。真面目で、ずるい。わたしはくすっと笑って、それを隠さない。
「嫌なら、やきもちって言えばいいのに」
「言わない。俺は正直だが、その語を好まない」
「じゃあ、何て言うの」
「不愉快」
「ふーん」
「次に“ふーん”と言ったら、五分間の沈黙を命じる」
「ふ」
「止めろ」
彼は券をようやく持ち上げ、光に透かして裏まで見る。裏は白いまま。昨日、彼が小さく『また』と書いたその隣に、わたしの指の跡がかすかに残っている。彼はそこへ親指を置いて、圧をかける。
「本当に譲渡したのか」
静かな問い。今度は逃げられない角度だ。わたしは肩をすくめ、視線を合わせる。
「したよ」
「誰に」
「実家の猫に」
「は?」
二度目の“は”は、さっきより素直だった。彼の肩から力が少しだけ落ち、目の奥に別の種類の光が灯る。呆れと、安堵と、拍子抜けと。いくつかの感情が順番を待つ。
「猫」
「猫」
「動物だ」
「うん」
「自然人ではない。法人でもない。民法で想定する受益者に当たらない」
「譲渡禁止条項、動物は含まないよね」
「今から含める。第4条改訂。譲渡禁止。人および動物を含む」
即答。ペンが出る。彼は券の端に小さな矢印を描き、余白に追記した。『動物含む』。その文字がやけに整っているのが悔しい。
「……で、猫のどこに置いた」
「首輪。安全な結び目で。ちゃんと外れるやつ」
「名前は」
「クロ」
「クロ」
一度だけ繰り返し、彼は鼻で笑う。笑いは薄いが、確かにそこにある。
「俺は猫に嫉妬するのか」
「してもいいよ」
「しない」
「ちょっとだけ」
「……ちょっとだけ」
言い方は負け惜しみなのに、視線は柔らかい。わたしは近づき、窓辺に寄る。外気が頬を撫で、室内の匂いが少し入れ替わる。
「猫、喜んでた」
「何を根拠に」
「喉が鳴ってた」
「それはお前に対してだ」
「券にも」
「証拠がない」
「想像で補う」
「弁論としては弱い」
彼はテーブルの角をもう一度、軽く鳴らし、ため息をひとつ。深くではなく、短く。溜息というより、区切り記号。
「回収は不要だ。猫に対する譲渡は……保留。効力停止。返還請求は留保する」
「優しい」
「合理的だ」
「嬉しい」
「知ってる」
短いやりとりが、机の上の白い券をさらに白く見せる。彼はそれをそっと置き、代わりにわたしの手首を取った。左の内側。前の夜の印の場所を避けるように、親指が外側を撫でる。
「……猫に配った理由を言え」
「家の匂い、忘れないように。実家の猫だから。わたしの匂いに混じって、帰り道になるかなって」
「帰路の券」
「そう。こっちは朔真くんの」
わたしはテーブルの端の白紙を一枚取り、彼の胸の前でひらひらさせる。彼は受け取らず、視線だけで追う。
「今日の条文、追加していい?」
「聞こう」
「第8条。嫉妬の表明は、やさしい命令に読み替えること」
「意味不明だ」
「“嫉妬する”って言わない代わりに、“こっち見ろ”って言う、とか」
「……採用。条件付き」
「条件?」
「その命令に従わない場合、俺は券を没収する」
「やだ」
「従え」
小さく笑って、彼はようやく白紙を受け取り、券の隣に揃えた。整える手つきに、機嫌のよさが滲む。さっきまでの硬さがほどけ、ネチネチの角が丸くなる。
「ほろた」
「なに」
「今日の“ふーん”は多すぎた」
「そう?」
「多すぎた。記録する」
「記録?」
「白紙の方に。『ふーん×五』」
「こわ」
「記録は抑止力になる」
「じゃあ、わたしも記録する。『は?×二』」
「反論はない」
彼はゆるく肩を落とし、視線を窓の隙間へ流す。外の通りの音が少しだけ届く。わたしはその横顔を見て、笑いそうになるのを堪えた。
「拗ねてた?」
「拗ねてはいない」
「ふーん」
「今のは許す」
「どうして」
「俺が機嫌がいいから」
あっさり言う。こういう素直さが、一番ずるい。わたしはカーテンの裾をもう一度指で摘み、少しだけ広げた。夜気が増える。
「猫に、俺からも一枚やる」
「なにを」
「“撫でる券”。発行者は俺。受益者はクロ。行使は俺が実家に行ったときに限る。譲渡不可。動物含む」
「動物含むの使い方、逆」
「便利だ」
「来るの?」
「行く。……いつか」
その“いつか”に未来図の押し付けはなく、ただ距離の見積もりだけがある。わたしは頷いた。彼は頷き返し、白紙に小さく『クロ撫で券』と書いた。字が妙に丁寧で、また笑いそうになる。
「さて」
彼は姿勢を正し、わたしの手からカップを取り上げ、流しに置いた。戻ってくる足音は軽い。
「問題は解決した」
「ほんと?」
「解決。俺はお前以外とイチャイチャしない。お前も俺とだけ。猫は別枠。……異議は」
「ないよ」
「よし」
彼は券を指で整え、机の角にまっすぐ置く。受領印みたいに指先で一度押す。その指が、すぐにわたしの頬へ滑る。触れるか触れないかの境目。
「さっきの“譲渡”の語は、今後一切使うな」
「どうして」
「俺の心臓に悪い」
「ふーん」
「今のも許す」
「機嫌いい」
「良い。お前がわざと曲解しているのを、今は面白いと思っている」
「へえ」
「ただし、繰り返すな」
「努力する」
彼はわたしの額に、音のない軽いキスの代わりみたいに指を置いた。比喩のままの触れ方。呼吸の速さは上げず、温度だけを寄せる。
「忘れるな」
「忘れない」
「ちゃんと休め」
「休む」
「選ばないなら、俺が決める」
「今日は、選ぶから大丈夫」
「そうか。……いい選択だ」
ソファに並んで座る。彼は券を視界に入る場所に置き、窓の隙間を少しだけ調整した。外気と室内の温度が釣り合う位置。わたしの肩に、彼の肩がわずかに触れる。
「それで」
「うん」
「さっきの“実家の猫にあげたの”」
「うん」
「俺に先に言え」
「ごめん」
「許す」
短い。けれど、長く効く。わたしは笑って、彼の胸に頭を寄せる。鼓動の音は小さい。だけど確かに、ここにある。
「クロ、わたしの膝から降りないんだ」
「そうだろうな」
「朔真くんの膝にも乗るかな」
「乗らない。俺は膝で寝かせるより、横で撫でる派だ」
「派」
「派」
彼は白紙に『クロ、横撫で派』と書いた。無駄な記録。でも、この無駄が帰り道を太くする。
「……もう一回、言わせる」
「なにを」
「“他の人にもあげてきた”」
「うん」
「今度は最初から猫と言え」
「うん」
「じゃないと、俺はまた“は?”になる」
「それも好き」
「面倒なやつだ」
「知ってる」
外の風がひと筋、部屋を通り抜ける。紙の角がかすかに揺れ、カーテンの裾が床に触れる。わたしたちはそれを目で追い、同じタイミングで呼吸を深くした。
「ほろた」
「なに」
「猫の首輪の結び目、今度見せろ」
「うん。安全だから」
「確認する。安心したい」
「かわいい」
「言うな」
ふっと笑って、彼はわたしの手を取り、券の上に重ねた。紙越しに体温が移る。白い紙は軽いのに、今夜いちばん重く見えた。
「また、使え」
「うん」
「俺も、また言う。“こっち見ろ”」
「わたしも言う。“見てる”」
彼は頷き、窓の隙間を最後に一ミリだけ狭めた。外気と内気の境界がやわらぎ、夜の匂いが部屋に馴染む。猫のいる実家までの距離も、ここからの帰り道も、どちらも同じ線でつながっている気がした。白い券の端に小さく灯る『また』の文字が、今夜も変わらず、そこにあった。
畳む
かわいい。
10月14日
まもなく、たんこー配布!たんこー配布!楽しみすぎますわね。
昨日スターレイルまわしながらパックしたらかなりよかった。くじらたんにもらったパック。また周回しながらストレッチや筋トレを再開しなくては………
昨日は寝たり寝なかったりした。
ほんとに眠いときは意識が飛ぶ。
夜、コーヒー飲んだので眠りは浅かったけど大分だらだらできてよかった。
色々と大変な三連休ならぬ三連勤でした。
Switchのリモコン?コントローラーきたので、ポケモンやるぞーとか、いろいろ。新宿解体センターもやりたいのですがの気持ちです。ゲームやりたい。
外とびまわってるひとの誘い断らんのやけど、なんか歴史系の街歩き研究グループ?みたいなのに入ることになったー。楽しそうでええやね。あともう1個、コミュ所属したいなーがあるので、また趣味の活動やるかもしれない。劇じゃないんだけどさ。
地元でサークル活動あればいいんだけどネ。
ちょっと刀がみたい気分になったので、刀の展示をいこーかなという気持ちです。まあないんだけど、いま、関西で。どっか飛ぶかも。
数年待ってた藤城清治展が来週はじまるので、気合いだけが爆速。
楽しみだ………!!!
刀のはなし、探すと結構楽しい。
キャラとかじゃなくて、逸話を聞きたいかも。ふなっしーのやつ、見に行きたいなーとおもってる。ついでにポコぴー遊園地いけるのでは?みたいな。
考えるだけのはなし。
まもなく、たんこー配布!たんこー配布!楽しみすぎますわね。
昨日スターレイルまわしながらパックしたらかなりよかった。くじらたんにもらったパック。また周回しながらストレッチや筋トレを再開しなくては………
昨日は寝たり寝なかったりした。
ほんとに眠いときは意識が飛ぶ。
夜、コーヒー飲んだので眠りは浅かったけど大分だらだらできてよかった。
色々と大変な三連休ならぬ三連勤でした。
Switchのリモコン?コントローラーきたので、ポケモンやるぞーとか、いろいろ。新宿解体センターもやりたいのですがの気持ちです。ゲームやりたい。
外とびまわってるひとの誘い断らんのやけど、なんか歴史系の街歩き研究グループ?みたいなのに入ることになったー。楽しそうでええやね。あともう1個、コミュ所属したいなーがあるので、また趣味の活動やるかもしれない。劇じゃないんだけどさ。
地元でサークル活動あればいいんだけどネ。
ちょっと刀がみたい気分になったので、刀の展示をいこーかなという気持ちです。まあないんだけど、いま、関西で。どっか飛ぶかも。
数年待ってた藤城清治展が来週はじまるので、気合いだけが爆速。
楽しみだ………!!!
刀のはなし、探すと結構楽しい。
キャラとかじゃなくて、逸話を聞きたいかも。ふなっしーのやつ、見に行きたいなーとおもってる。ついでにポコぴー遊園地いけるのでは?みたいな。
考えるだけのはなし。
ぬい。
セーターだけでええやろとおもったがまじでセクシーなので急いでフェルトでズボン作成した