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2024年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#京園 /お願い
「真さん、今から思ったことは全部口に出して」
唐突な命令、いえお願いだった。京極真は、ゆっくりと瞬いて、その言葉の意味を咀嚼しようと試みた。
「……つまり、どういうことですか?」
「お腹が空いたなーと思ったら、お腹空いたなーって言ったり、喉が渇いたなーと思ったら喉が渇いたなーって言うの」
「なるほど」
「私が好きだなーと思ったら好きだなーって言うのよ」
「えっ」
「なぁに?不満なの?」
上目遣いで睨まれて、京極真は咄嗟に浮かんだ言葉を打ち消した。
じっと彼女が見つめている。
彼女のお願いであれば出来ることなら叶えるつもりだ。
出来ないことでも叶えられるように精進するつもりだ。
つもりではいけない。
そうする、と決めている。
決めているのだが、京極真は困った顔をした。
「もう、真さん、困ってるなら困ったなーって言うのよ」
「ええと、これはどういう意図での行為なのですか」
「だって普段から真さんが何考えてるのか、気になるじゃない」
京極真は思考を無にした。
思わなければ、何も言わなければ、嘘ではなくなる。
すっと息を吸った。
無我の境地へ至ろうとする京極真を、彼女がゆさゆさと揺らす。
「ちょっとちょっと!いきなり修行モードに入ってない!?」
「そ、そんなことは」
「嘘。絶対そう。どうせ、何も考えないようにすれば何も言わなくていいと思ったんでしょ」
「…………はい」
ふり絞るように京極真は頷いた。
不実もいけない。
いつでも誠実であらねば。
でも、どうしたらいいのだろう?
彼女のお願いはいつも愛らしくて、どんなことでも聞いてしまいたくなる。
自分にもっと力や才能があれば、どんなことでも出来るのに、いまだこぶし一つ境地に至らず、修行の身だ。
彼女のころころと表情の変わる瞳が、彼をじっと見つめている。
彼は掌を握りしめた。
あの、憎らしい気障な怪盗ならば彼女の喜ぶ言葉ひとつ、軽快に容易に紡げるのだろう。
甘いささやきで彼女の耳を満たすことが出来るのかもしれない。
たった一言で彼女に喜びや笑みをもたらすことが出来るだろう。
そう考えると深く囚われるようで、彼は背筋を伸ばした。
肉体は心で、心は肉体だ。
彼女はどこか心配そうに彼を見つめている。
「真さん、そんなに思い悩まなくても、」
「園子さん」
「……なに?」
彼は、勇気を振り絞った。
「いつも、園子さんのこと、可愛いと思っています。すみません、だから思っていることは何でも言えません」
「…………どうして?」
彼は気づかなかったが、彼女の声には甘い媚が含まれていた。
彼はこれでもかと拳を握り、拷問の末に吐き出す言葉のように打ちひしがれて告げた。
「自分は、あなたのことになると、自制が利かないからです」
固く握った拳に柔らかい手が添えられた。
「そうなの?」
「そうなんです」
「そうなんだ、へぇー」
「軽蔑されるかと、思います」
「へえー」
「申し訳ない」
「ふーん、そうなんだー」
彼は罪悪感で顔を上げられなかった。
視線を上げて彼女の顔を見られなかった。
その時の彼女の微笑みを見られなかった。
「それじゃ許してあげる」
「あ……」
彼はそこでやっと顔を上げる。
「面目なく……」
「いいのいいの!ただの思い付きだったし!」
「有難うございます」
「そうだ、さっきおしゃれなカフェ見つけたんだ。一緒に行こ?」
「はい、園子さんの行きたいところであればどこでも」
きゅ、と彼女が手を握った。
彼はどっと手汗が滲むのが分かった。汚い、とわかっていて、離す事も拒否もできなかった。
彼女は微笑んでいる。さっきと同じ笑い方で。彼は、動揺してやはり気づかない。
自分の頭に浮かぶ考えを言葉にするとやはりどうなるのか、そのことばかり考えていた。
首輪の話
#特殊設定
#あむあず
「犬……」
「……犬……」
奇怪な部屋が喫茶店からの帰り道にあった。別段二人で帰ったというわけではなく、安室がついでに送っていきますよと言うので、梓はまあいいかと思って応じたのだ。安室は珍しく電車で移動するらしく、終電まで少し間がある帰り道で、二人であてもない話をしていたときに建物と建物の間にそれはあった。安室はこの辺一帯の建物を認識していて、ちょっと待ってください、こんな建物は確かなかったはずと、当然と踏み込む安室にちょっと不法侵入では、と梓が腕をつかんだ折にまるで吸い込まれるようにして、部屋に引き込まれたのだ。決して安室が招いたわけではないのだが、実際彼の油断なのでそうと言えばそうだ。反省は直にするとして、気づいたときにはそっけない謎の空間に二人して立っていたのだ。ひとつあるディスプレイのような画面に、「犬プレイをしたら出られます」と書いてあった。言うに事欠いて、犬プレイときた。
「犬プレイってなんですか……?」
「犬になりきるプレイですかね」
「どういう目的なんですか……?」
「人が犬になっているところを見たいという変態欲求ですかね……?」
「犯罪なのでは……?」
「まあ色々と法には触れていますね……」
さて、犬である。
きちんと首輪とリードが用意されていた。念のため、扉やらなんやら確認してみたがロックがかかっており、携帯は使えない。もう一台の携帯と無線もそうだ。はて、と安室は考え込んでみたが、少し面倒になった。
「じゃあ、梓さん、僕が犬をしますから飼い主ということで」
「ちょっと待って、どういうことですか、やるんですか、犬プレイ」
「さっさと終わらせましょう」
安室が仕事の顏になった。無駄にきりりとし、なおかつ、にこやかだ。
「梓さん、どうせなら首輪つけてくださいよ」
「うぇええええええ」
「嫌なんですか?」
「いやあ、まあ……はい……」
嫌と言えばかなり、嫌だ。
安室は何故か満面の笑顔だ。
あれ?断れない空気?と気づいて、梓は引きつった。だがまあ、彼女も順応が早いのである。
「わかりました、こうとなれば犬プレイでも猫プレイでもして、さっさと帰りましょう!大尉が待ってるし!」
「その意気です。さすが、梓さんです」
拍手喝采、実際は軽い拍手をして、おだててみる安室だった。
首輪を手に取って、梓は安室の首にかけた。
ベルトを止めるところで、忘れておいた理性が、ぴくりと動いたが、気づかないふりをして、留めた。
首輪をつけた安室と梓は対峙する。
安室の瞳の色がふと揺れて、それが証明みたいに安室は微笑んだ。
「ワンッ」
「え?えー?えー…」
あはは、と妙な笑いを梓は浮かべる。
まるで散歩に行こうというように安室がリードを咥えて持ってきた。
すっと安室が四つん這いになる。
梓は半歩下がった。
が、わんちゃんがしっぽを振ってお散歩を待っている。
「よ、よーしよし」
梓はその髪をなでた。
色だけ見るとゴールデンレトリーバーだ。
首輪の先のカンにリードをつける。
わん、と安室が鳴いた。
いや、犬が鳴いた。
ぐるぐると梓は浸食される気がした。
梓はリードを持った。
金色の毛皮を持つ犬は、ゆっくりと歩き始めた。
梓との散歩を楽しむように、時折ちらちらと梓の顔を見上げる。
かわいい。
もうよくわからなくなってきた。
尊厳とか、人権、とかそういうものを。
壊されているのは自分のような気がした。
人は犬になれるのか。
人を犬と思えるのか。
梓が止まったら、犬も足を止めた。
その前足で、梓の様子を窺うように梓の足を触った。
梓はしゃがみ込む。
わしゃわしゃと頭をなでる。
後頭部から背筋を撫でると尻尾は盛んに揺れた。
犬は、もっと、と欲しがるように前足を掻いて要求する。
犬は梓の顔を舐める。
くすぐったかった。
んぎゅ、と抱いて、一頻り撫でると、耳元で引く声がした。
「開いた」
梓は目を見開く。
安室は何故か、梓にキスをして、ゆっくりと立ち上がった。
上背のある、すらっとした男の人がそこに立っている。
「帰りましょう、梓さん」
梓はなんだかふわふわした頭で頷いた。
それから、外して、と強請られて梓は首輪とリードを外した。
安室は微笑む。
―――気づいたらいつもの帰り道だ。すべては、夢だったのかもしれない。嘘だったかもしれない。酔っぱらっているのかもしれない。酒を飲んでもいないが、コーヒーは飲んだから。いろんなことを聞きたかったが、言葉にはならなかった。取り留めのない話をして、二人は別れた。梓を待っていたのは、大尉で、梓にすり寄って甘えた。そのふわふわの毛並みを撫でながら、梓は今日の出来事をすべて忘れようと思った。
――数日後、梓の許に安室からの荷物が届く。中身を見ないようにしたが、気になった。封を開けると、首輪とリードが入っていた。梓は呆然と、それを眺めた。
犬って。
安室が嬉しそうに微笑んでいる気がした。
畳む
アナウンス
※現在プレイを休止しているものあります。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
倉庫としておいています。
受け攻め性別不問/男女恋愛要素あり
R18と特殊設定のものはワンクッション置いています。
年齢制限は守ってください。よろしくお願いします。
「安室さん、今日はお喋り禁止ですよ」
梓はそう告げた。仕事で疲弊した男の声ががらがらで、風邪には至ってないが今日はお店はマスターの貸しきりで、二人とも珍しく休日だ。折角なので休んでもらおうと出し抜けに梓は提案した。安室は、いえ、と言ったがその続きは喉を動かしただけで終わった。梓は小指を立てて促すと安室はおずおずと小指を絡ませた。約束ですよ、と言って梓が安室にキスをすると安室はまんざらでもない顔をしてにこっと笑う。呪いがキスで解けるなら、約束もキスで与えられるのだ。心を決めたのか、ベッドに行き、寝始めた。休日といっても安室の場合は完全にオフではなく、安室は知らないが梓は安室の携帯が別にあることを知っている。特に追求したりしない。ゆっくり眠れるように梓はそーっとパソコンに向かい、ヘッドホンをつけて、最近はまっている配信ドラマの続きを見ることにした。大尉はくるりと丸まってテーブルの下で寝ている。のんびりと飲み物を見ながら、梓は暫くドラマの世界に浸っていた。
ふっと、気配がした。安室が起きたようだがすでに傍にいた。わ、と梓が驚くものの安室は笑うだけだ。ヘッドホンを取ったが、安室は何も喋らない。そういえばお喋り禁止を約束したことを梓は思い出した。ドラマを見ていてからすぐ忘れてしまっていたが安室は律儀だ。いつもよく喋る雄弁な人だから、黙っていると不思議な感じがした。表情や仕草からしか伝わらないから、まじまじと改めて安室の顔立ちを見詰めるとやっぱり甘く整った顔立ちの男の人だった。各身体のパーツも整っていて、スタイルも良い。この平凡な部屋に居るのが不思議な気がした。梓は楽しくなって笑うと安室が首を傾げた。
「あ、違うの。ただ改めて、安室さんが部屋にいるのが不思議で」
不思議って、という風に眉が下がった。安室が梓を抱き締めた。言葉ではなく、行動で示したということだろう。何度かキスが降ってくる。饒舌な言葉をもつ男が言葉を取られると行動が饒舌になるのかもしれない。梓は安室の背中を軽く叩く。止めるつもりだったが、安室はにこりと笑った。覆い被さるように倒れてくる。床と安室の身体に挟まれて、梓は身じろぎした。重いですよ、と抗議すると安室は満足したように体重をずらしたようだった。少しほっとしたが、拘束は解けず、自分に寄生する大きな虫みたいに安室は張り付いて離れない。疲れてるのかもしれないと梓は思った。腕を少し動かして、安室の頭を撫でると安室が梓を覗き込んだ。瞳がぶつかる。無数の色に溢れた瞳が、柔らかく細められる。言葉を持たない安室は可愛いのかもしれない。安室は気が済んだように、梓を抱き込んだまま、また眠ってしまった。梓は身じろぎしたが、思いの外動けない。何かの技がかかっている気がする。結構迷惑だったが、たたき起こせばすぐ安室は起きるだろう。まあいいかと、梓は目を瞑った。安室の規則正しい寝息が聞こえる。リラックスしているのか、深い呼吸だった。梓はその鼻と唇を手で塞ぐ。
ゆっくりと、安室の瞼が開いた。寝起きと思えない透明で意思をもった眼差しが、梓を捉えた。梓は、額にキスをした。安室は何も言わなかった。梓は手を外した。呼吸を再開させた安室は、少し笑った。無性に甘ったるい、視線はゆっくりと外れて、梓を抱き締めなおすと安室は再び目を瞑った。梓は呼吸に合わせて微動する睫毛を見詰める。
約束ではなく、呪いだった。だがそれが、二人を阻害することがないのは明白だった。紡がれるはずだった一時の言葉は溢れて、真実みたいに崩れ去るとき、安室の第一声は何になるだろう。大尉が鳴いた、ただの寝言であった。