2024年1月27日の投稿[3件]
短文2
フォークをここに置いたんか、と嘆きのリズムで言われて、そやけどなんやと食事を続行する。ここに置いてもうたらもうどうにもならんと佐久山さんが項垂れた。美味いで、とポテトを差し出す。そんなもん見たら分かるわと佐久山さんが言った。見ても味は分からんやろと言うとアホやな、よーちゃんは、と言われる。心外に思えて熱心にポテトを差し出す。佐久山さんは口を開けてポテトを食べた。繁殖しとるな。
「え?」
「ほら繁殖してるで」
無数に広がる穴が風に吹かれて散った花びらみたいに増えている。
「フォークのせいやで」
「ポテトにフォーク使うやろ」
「そやけどさあ」
一定のテーブルマナーが流行ってしまった所為で単純な世界はそれを規律としてしまった。最初そのテーブルマナーが出てきたのはテレビでキャラ付けされたとんちきなお姉さまだったのだが、すっかり洗脳された世界はこれを常識と変換し、規定の通りにしなければ逸脱した行動を取るようになった。私は穴にフォークとポテトを落として手打ちにした。美しい鈴のような音が響いて、ポテトはなくなってしまった。
「なんでや?!」
「美味かったんやろ」
「そりゃ、美味いわ」
「残念やなあ」
佐久山さんはにやにやと笑っている。落としてなくなってしまったフォークを引き出しから取り出し、テーブルマナーに沿って丁寧に置いた。穴は徐々に小さくなり消えていく。
「ポテト食べたいなあ」
「しょーがなしやで」
佐久山さんはニヤリと笑う。これからポテトを買う旅に出てくれるらしい。私は指についていた塩を舐めた。単純な世界の気持ちは少しは分かるつもりだ。フォークは静かに待っている。次のテーブルマナーが動くのを。それを待たずに私たちは車に乗り込んだ。いざ行かん。
こうして、長い旅路が始まった。
短文1
タケルに明日って常用漢字だっけ、と言われて俺はつい考え込んだ。
「常用漢字って何だっけ」
「常用漢字ってそりゃほらあれだよ」
「常用漢字もわかんないのに、常用漢字のこと気にするなよ」
「ちょっとしつこいんだけど」
うっとおしそうにタケルが目を伏せた。は?こっちは聞かれたから答えようとしただけですが?と思ったが、しかし常用漢字にも何の思い入れもないのだ。こんなことでまた喧嘩するほど常用漢字に義理立てする必要もない。
「明日だからそうだろ」
「何が?」
「だから」
だから、と繰り返して、もういいんだよ、常用漢字のことは。結局言わず口を閉じると、タケルが言う。
「明日何すんの」
「明日って、別に仕事だけど」
「何してんのここで」
お前が呼んだからだけど?!帰ろう。タケルに呼ばれて近所の公園まで出向いたが意味はなかった。俺の正義は支持されている。そこの通りすがりのおじさんにだって認められるはずだ。同士のつもりで微笑みかけ、薄気味悪そうに目を逸らされ、大体正義とはそういうものだから、俺はスマホをリュックにしまい込み、立ち上がった。
「じゃあな」
「は?」
「はぁ?」
「うっざ」
「はぁ……………」
目を細める。タケルはスマホに目を落としてタップしてメッセージを送っている。すこしの間その姿を眺めていたが俺はやっぱり帰ることにした。顔を上げると通りすがりの女の人がタケルに視線を送り、見惚れる瞬間を見つける。よくあることだ。
「おい、明日は常用漢字なのかって聞いてんだろ」
ドスが効いた声でタケルが話しかけてきた。
「明日になれば分かるんじゃない?」
明日の話ならさ。
俺はさっさと帰って、部屋のベッドに寝ころびながらスマホで調べてみた。明日、常用漢字。驚いたことにあすとあしたで違うらしい。漢字で書くと同じなのに。
タケルはこれを言いたかったのか?俺はどうだろうと思う。どうでもよかったはずだ。俺だってどうでもいい。
全部明日になれば分かるだろう。
義理立てするものは、もう何もなかった。
灯り