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オタクの雑記

日記だったり語ってみたり

「推しのすばらしさを語りたいのにやばい!しか出てこない 自分の言葉で作る文章術」を読んだ。



推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない
自分の言葉でつくるオタク文章術

著 三宅 香帆

楽天商品ページ
https://books.rakuten.co.jp/rb/17511785/


タイトルにもあるように、この本のテーマは「自分の言葉を持つ」ことである。
そのためにはどういう方法があるのか、掘り下げ方があるのか、自分の言葉を見つける方法を、とにかく丁寧に説明してくれている。
そもそも言語化とは細分化らしく、「好き」という気持ちがあったとして、「何故好きなのか」「どんな所が好きなのか」「どう好きなのか」ということを詳しく細かく分けていくことで、「言葉」になっていく、というものらしく、それが目から鱗だった。

推しを語るということは、極論「自分を語る」ことである。
「自分だけの言葉を持つ」必要があるのだ。

「自分の言葉」ってかなり難しい。私がブログを始めたのは、ツイッターをしすぎて「語る」ことがわからなくなったからであり、ひいては「語る言葉を持たず自分がわからなくなり、トラブルを起こしたから」である。(まあこれは私の問題なんだけど)

「自分の言葉」をつくるには「自分のことがわからない」とできないのである。
だから、まずは自分の気持ちを把握することからはじめないと自分なりの言葉は出てこないのだ。

この本では、自分用のメモを書くことや、すぐSNSを見ないことなどを推奨している。詳しい説明は本を読んでいただければと思うものの、自分の気持ちをアウトプットし、まず外野の意見を遮断することで「自分の気持ち」を大事にすることを丁寧に勧めている。大事なのは「外」ではなく「内」、自分の気持ちなのであり、それを丁寧に大事に取り扱い、細分化し、自分で理解し、そういった先に「推し」のすばらしさを語れるということに繋がるのだ。

簡単にできることではない、と思う。これはめちゃくちゃ遠回りなやりかたで、それこそすぐバズるといったようなものじゃないと思う。でも、めちゃくちゃ大事なやり方で、それをこうやって言語化して教えてくれる本は、今までなかったと思う。

いいなと思うのは、きちんと「ネガティブな意見」との向き合い方も書いてくれていることだ。
推しにもやもやすることや、ここはちょっとダメだったとか、あると思う。でもそれを一律否定するのではなく、好きと同じように「何故嫌だと思ったのか」そういったことの考え方や発信の仕方も書いてくれている。

オタクにとって、必要、と言うと過剰かもしれないが、大事な本になっていると思う。

自分の言葉、言葉うるさいよ、みたいな向きもあるのかもしれない。自分の気持ちと向き合う作業って、個人的にはある意味で「推しに熱中する方向性」と逆向きなんじゃないかなと思ったりする。「自分を忘れたい」時もあるんじゃないかな。それってネガティブだったり、現実的なことだったり、「好き」というエネルギーでなにもかもぶっとばす瞬間、しかしそれを語るとき、「自分」は戻ってくる。
自分が何を見て、どう思い、どう感じたのか。それを言葉にすることは、誰かにとっては苦痛なのかもしれない。でも、語りたいと思ったとき、それはやっぱり「自分を肯定できる瞬間」でもあるとも思う。

こうやって、文章書いてますが、それってやっぱり自由で気持ちいいです。書きながら、ああ、こうだったんだな、と気づくときもある。実はちゃんとノートに書いて記事書いてみようと思ったが、なんか気にせず書いてしまっている。笑。
この本の最終地点は、というか、大きな目標に「他者に伝えること」「発信する力を持つこと」があると思うけど、まあこんなかんじに気楽にだらだら書くことも、ひとつのゴールなんじゃないかなと思う。

自分の気持ちを大事にすること。自分の言葉で語ってみること。やっぱり、とてもいいことなんだなと、この本を読んで思いました。
いい本だと思います。
推しにのみらずね、「語り方わかんないや」って人にもおススメです。

この世界は、今「語る人」が少なくて、みんな「語る人」に影響されちゃうんですよ。
でも、自分が語れる人になると、そういうの、ガードできちゃうというか、自分を守るすべにもなると思う。
自分の言葉って、つまり、自分の軸だから。

そういうの、ちゃんと大事にしていこうねって、言ってくれてる本です。

有難うございました。
終わり。



#本

感想

突貫ゲーム作ってる話


御託はいいからとにかくフリーゲームを完成させるための方法論
https://note.com/skt_order/n/n78fb571897...
作さくた様

これを偶然読んで、やらねば……と思い立ち、現在乙女ゲを作っている。ツールとしては、ティラノビルダー(https://b.tyrano.jp/)を無料版のソフトを使用している。ここらへんの紹介は、詳しい人がいるので直接はぐぐってほしい。
とにかく、ゲームを完成させるための金言がこのnoteにはたくさん詰まっており、とにかく「シンプルに」「できることを」「素材はフル活用せよ」という言葉が重く刺さり、とりあえずゲームを作ってみるため、立ち絵などもオール、インターネットで配布してくださっている素材を用いて、昨日の深夜3時ごろにシナリオを描きだし、朝起きてからいったん取り組んでいる。
思うにやっぱり、いきなり難しいことを考えすぎなのよ。

ということで、「素材を活用して自分が楽しめるもの」というものをテーマに細かい設定をいじっている。もともと、根っこのアイデアはあったので、それを活用できるものに沿わせていって、作っているという次第だ。とりあえずOPページさえ出来れば、あとは推敲・校正して終わりというところまで来た。

まあ完全な修正が終わる気がしないのですが(まだソフトの使い道もよくわかっていない)……
一応やれるとこまではきた気がします……(ほんとか……???)

疲れたよーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

また明日。


#ゲーム制作

雑記

「ルーヴル美術館展愛を描く」に行ってきた 


京都市京セラ美術館といえば、初見の玄関につながる広場のような、まず見た目が最悪に改変されたと(私の中で)評判の建物です。
なんであんな意味わからんビジュアルにしてしまったんでしょうか。
建物の外見がダサくなってしまったことで初見かなりの衝撃がありました。
ていうか雨の日どうするんだろ?みたいなお椀型の入り口。
なんらかの対策はされてそうですけど、基本的にまああんまりかっこよくはないです。あれね、建物のユーザービリティもちょっと今一つわからんところはありますが、二回目に行くとまあ心象的には緩和されました。

でも、そのまず建物に対して「この建物の中で扱う美術展とか信用できんのか?」というイメージを払拭する、展示会に特化した広い空間がまあよくてですね。入り口から何まで「白い」に対して、展示ルームに入った瞬間、ぐっと落ちた照明とライトに照らされる絵画。薄闇に浮かび上がる、歴史を感じさせる圧巻の芸術品という。このドラマチックな演出。

これが癖になる。

(?)


一番最初に展示されている、フランソワ・ブーシェ《アモルの標的》
これが、個人的に一番好きでしたね。
音声解説が満島ひかり・森川智之の序盤の音声が心地よくてね。
それを聞きながら、前述したとおりに、白い空間から薄暗い空間に入り込んださなかに、目に飛び込んでくる《アモルの標的》、これがまた大きい絵で、見上げる青空が綺麗で、一気に引き込まれました。美しくて、愛らしくて。壮大で。この愛の神の絵を、カップルのひとたちが見ているのがこれまたよかったですね。もちろん、友達同士とか家族でも。愛の始まりらしくて、絵と観客と空間がドラマを作って、「美術館という非日常にきた」という感覚、自分と今までが隔離する感じでね、気持ちよかったです。

だから、あとはその感覚と一緒になるほどねえしながら、見てました。あんまり宗教画が、そもそも得意ではなかったので、眺める絵はこんなものかなあという次第でしたが、あとはラブコメ好きとしては、ニンフとサテュロスが、よかったなあ。ブシュケとアモルの結婚もよかったかな。まあ、そのぐらいで。基本的に時代合わせてるしで。家族画もいまいち今回はぴんとこなかったかな。

ただ、今回音声解説でね、満島ひかりが三浦大知と、作った曲が聴けるんですよ。
サンプリングはSOIL&“PIMP”SESSIONSのひとで。
その曲、「eden」

めっちゃよかった。
それを聞きながら、空間にいれたの。いい体験でした。
かなり気持ちがいい。

今回の音声解説は、よかったです。650円なんですけど、導入してみることをお勧めします。


なんか展示の感想ってほどでもないな。
そういえばお土産にルーブルっ子っていう、くるみっ子のコラボ菓子があるらしいのですが、私が昼過ぎ行ったら売り切れてました。そもそもルーブルっ子ってなに?ってスタッフさんに聞いてみたらコラボのことを教えてもらって、毎日の入る量が決まってるみたいだし、人気あるみたいで。そういうわけで狙ってる人は、午前中に行くのが確かかもしれないっす。
私はいつものようにコーヒーのお土産を買いました。
平安神宮のそばにある美術館で売ってるコーヒーが猿田彦コーヒーさんとのコラボっていうの、なんか因果を感じますよね。サルタヒコのあたりがね。面白いなと思います。

トータル・楽しんでなさそうかもしれないですけど、私はアモルの標的を見れたことと、音声解説で満足してるので、いい展示会だったと思います。行く途中にバス間違えて、もうだめかもしれん、、、と泣きながら歩いたのも含めて、いい日でした。

個人的には、コレクションルームの夏期の展示も気になったので、また行こうと思ってます~。
妙に癖になる美術館である。(というか展示がいいんですよね)


#展示会

感想

琵琶湖博物館とガイウスくん語り



写真は撮ってないので、テキストのみの記事です。

ざっくりとまずは今回の目的としてラブヒロのガイウスくんが湖愛が強いというのがありまして、そのため、「そもそも湖について知りたいんだが」というのがありました。さらに言うと「湖がある暮らし・文化というのはどんなものか」というかんじです。
ガイウスくん登場イベントが「湖に突然現れた遺跡を調査する」というのが核になっておりまして、そういう意味でも「まず湖そのものへの理解、と遺跡が突然現れる驚きとはどんなものか」というところもあり、住んでいるところが大阪のため、琵琶湖が一番近しい湖であり、気軽に行ける場所だったわけです。

で、その琵琶湖博物館という場所は名前の通り、「琵琶湖にまつわる博物館」です。
館内はA・B・Cの展示に区切られており、その他ちょっとした水槽展示や館外施設もあるような仕組みです。

ABCの流れについては、

A→湖の成り立ちや、環境、その歴史の開設
B→湖に回りで発展する人間の文化とその環境の話
C→自然物を主として未来に繋がるような提起を含んだもの

といったかんじ。これは私の主観ですので、公式サイトを見たほうがわかりやすいと思います。
水槽展示は、琵琶湖とその他の湖、水辺をモチーフに展開していました。館外施設は琵琶湖が眺められるようになっていまして、生育している森はかつて琵琶湖の周りにあった森を復元しているようなところがありました。

レストランも併設しており、ちょっとした図書館のようなスペースのディスカバリールームがあるので、調べものもできると思います。バス自体は一時間に一本とかも多いので、急いで見て回るろいうより、ゆったり過ごせるように設計されているように感じました。
ただ、ごみ箱はないので、その辺をお気をつけください、といったところ。(トイレと自販機はあります)

それで、本懐である、湖を詳しく知りたいという目的は達成できました。というか、展示物がキャッチ―でわかりやすいです。基本的に立体物で解説してくれるのと、映像での解説・補足があります。今回はいれてませんが、アプリでの学芸員の解説も無料で聞けるみたいです。

ここからガイウスくんの話をします。
以下キャラにまつわることは妄想である。

琵琶湖というのは古代湖というものらしく、本来湖は数千年~で埋まるものらしいです。長く湖としてありつづけている理由は地盤の沈下があるからで、水が流れていかないのも、出口にあたる川が谷のようになっており、あんまり水が出ていかない仕組みになっているからとのことで、つまるところ、古代湖と呼ばれる湖の存在は稀有な存在でいろんな偶然が重なってできたものということがわかり、まずここで「ガイウスくん…」となるわけですが(?)、で、そもそも琵琶湖というものが、古代といっても永遠にあったわけではなく、色んな湖やらなんやらができて、最終的に地盤沈下などの影響でできたものらしく、ということはサマアッドのルブル湖もそもそもここにあったわけではないのでは?ということで、水中に遺跡があったとは限らず、本来は地上に遺跡があり、それが水に沈んだ可能性があるというわけです。
が。この辺は本編の教授で解説はされていると思います。
とりあえず長年かわいがられているAIBOくんが作った技術者が知らない仕草をした、ということもあるわけで、ケートスは本来想定されない動きを環境に適した上で動いていることもあるなあと思ったりもしています。

なんか漠然と、湖の遺跡ってそんな見つからんもんすか?とややなめて思っていたのですが(未知の遺跡ってあるんじゃね?という意味の)、サマアッドが観光で成り立ってるといっても最初は湖があるからには漁が主流だったんじゃないでしょうか、というのもあって、やっぱり漁師というのは技術で調べるより先に湖においてわかっていることがあるわけで、漁師も気づかない遺跡があったというのは、やっぱり結構な驚きだったんだなと思い、もとより、湖の研究が発展していそうな星だし、というのでやっぱそりゃ新鮮に驚くわ……というのを、実感としてわかりました。

で、琵琶湖もよそ者・観光者の影響でごみとか外来種とかで汚染されていたりするわけで、ガイウスくんのお怒りはごもっともというのと・湖という資源を守るために地元のコミュニティが密なんだなということが展示で肌感覚で実感できたので、そういう意味でサマアッドの住民と似てない外見を持つガイウスくんの生きにくさというのと、その上でルブル湖という資源・環境を守るために活動しているのは、郷土愛であり、育ててくれたご両親に対する家族愛なのかなと思いました。

ちょうど、湖底探査について知りたかったのですが、博物館の研究者発行?で本が発売されてました。2010年代のものでちょっと古いのですが、200円だし、探索ロボットについての解説があったので、ケートス…?ともなったりしてね。

サマアッドで発見された遺跡がもとは地上にあった説と、もうひとつ、ルブル湖が初期の初期から存在する古代湖で、クローンとそのケートス、探索機械のようなもの、ですが、ルブル湖を調べるために設立された基地という可能性もあるなと思います。それが地盤沈下の影響とかで、当初には考えられないダメージを負い、一定期間の休眠システムに入ったこと/同時にその探索・研究を引き継げるほどにサマアッドの人間や文化が成熟したころに、ケートスとガイウスくんを通じて目覚めるようになっていた、ということもあるのかなと思いました。
湖の年代自体については泥の採取によって、分析はできるとのことですので、その調査を改めてやるのかなとか思ったりもしています。その泥に含まれている花粉などの細胞によって、周辺の自然環境も調べることもできるらしいです。なるほどね。

だから、遺跡の調査って継続的に長い期間が想定されるということが考えられるわけで。
つまり。



定期的にオペがガイウスくんのもとに通える可能性がある


やったー!!!!!!!!!!!!!



お前…ってなったかもしれないけど・目的だいたいこれだから仕方ない。
そんなわけで、



キャラにまつわることは全部妄想ですが



知らなかった身近な存在である琵琶湖のことを詳しく学べられてよかったです。
ありがとう琵琶湖博物館。
ありがとう、いつもお水をくれて。
この環境を守っていかねばと改めて思いました。


終わり。


#ラブヒロ

雑記,感想,語り

2023-06-24


昨日図書館に勉強しにいって気づいたが図書館にいくと無限に本がある!というだけでテンションがあがってまじ勉強できないことに気づいた、やっと気づいたというわけで今後勉強したいときはコーヒーショップのほうがいいらしいということがわかったのでよかった。

放サモのアルジャーノン先輩のキャラクエをやり、元ネタ作家であるアルジャーノン・チャールズ・スウィンバーンのことが気になって図書館にいったが取り扱いがなくつつるちゃんにインターネット存在するページを教えてもらった。ツールで翻訳しながら読んでるが結構すきな詩を書く詩人だったので、知れて良かったと思う。

一方で放サモにおける、記憶が人格そのものである、というような見方について、なんらかの意味があるのか?と思って、インターネット上を調べてみたが、古い論文が引っ掛かるくらいで、これは哲学の分野なのか、科学の分野なのかが、よくわからなかった。し、それを狙っているのかなとも思った。論文をとりあえず読んでみる。いい本があったら拍手で教えてください。

ともあれ、土日はお出掛けなので、楽しんできます。結構予定を決めてないのでどうなるかな?というかんじですが、久しぶりの遠出なので、とかく楽しみ。

拍手ポチポチ有り難うございます!サイトでもブログでももらってるみたいで。更新がんばります。

日記

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を見た


一言でいうと最高

見終わった後、つづきの文字を見ながらウっとこみ上げるものがあって泣いてた。
こんな面白い映画があっていいのかと思った。
何もかもが素晴らしくて、最高で、楽しくて、泣けて、怖くて、圧倒的で、プロフェッショナルで、
エンターテインメントの塊、こんな映画見てもいいんだって泣けた。
詳しいこととか、考えたこととか、書かないです。
別に全員見ろとは思わない。
スパイダーマンをこじらせた奇怪ないわば狂ったオタクのプロ集団が、スパイダーマンへの愛と欲望で全身全霊かけて人間賛歌しているこの物語は、人によっちゃ一笑にふすものだろうし、理解しないかもしれない。でも私にとっては最高の映画で、この映画を見ていた時間は幸福だったし、見た後の今、その幸福を噛んで味わっている。
好きとか愛してる、とかじゃないんだよね。
感謝なんだよね。やや怖い。

なんていうか、十代の時からオタクしてると、作品に対する妙なあきらめがあるんだよね。
面白くないものも、今はノットフォーミーで片づけるのがよくて、まあでもうまくそれを語ったら共感を得られるかもしれないけども、いやまあそれはよくて、とにかく自分の悪い感情ってコントロールしなきゃいけなくて、いやまあそれも当然ではあるんですけど、まあとにかく、この世に無数にある作品のどれもが自分にとって最良でないことを知っている。自分に向けられていないことも、あるいは外れたことも分かるときがある。だから何かの作品を見るとき、思うんですよね。これは合わない作品かもしれないって。だから無数の「合わなかったときの作品の共通項目を思い出して、それから今が外れないように緊張してみている」瞬間があるんですよね。全幅で信頼することも、というかそんな無防備な姿勢で見ないんですよね。そこまでして作品を見るのかと言ったら、見るんですよね、オタクだから。

でも、この映画は、ああ、面白いなって感じるんですよね。そういえば面白いって好きとか嫌いとかじゃないんだなって。面白いって面白いだけで、ただ夢中になるものなんだなって。自分のあらゆるところを刺激されて、どんどん先が気になって、どんな話になるんだろう、主人公はどうするんだろう、この人はどうするんだろうってわくわくするんですよね。それがずっと最後まで続く。ああ、「つづき」だ、終わっちゃった……って思った。この幸福の時間は無限に続かないんだって。だから悲しいのかな、寂しいのかな、泣けたんですよね。面白かったなあ、って。エンドロール見ながら。

また見たいなとも思ったんですけど、少し味わっていたいなと思う。この作品を見たことを。この最初の気持ちを。
とても楽しかった。わくわくした。面白かった。怖かった。恐ろしかった。泣けた。感動した。笑った。衝撃だった。本当にね、悪役というか敵対する側がめちゃ怖くて、でもねその中で何度も救いのようなものがある。あきらめてはいけないんだって思う。絶望だけじゃないんだって。何度でも救いがある。何度でも恐れがある。そして、希望がある。かっこいいのよ。優しいのよ。弱くてね、醜くてね。


次回作、とても楽しみにしている。
何かあっても、この作品の終わりを見ることを、喜びに頑張れるなと思った。きっと自分の支えになる。
見てよかったです。
作ってくれてありがとう。

ただそれだけです。





念のための補足。
この映画は二作目なので、一作目を見たほうが面白いです。
ほかのスパイダーマン映画を見ておくといいかなーはある。アニメーションが十分すごいんですけども。
詳しくは映画好きがどこかで語っていると思うので、説明は投げます。


#映画

感想

好きな本について


人生を変えた本というのはあるのかもしれない。人生というか、読書そのものを変える本がある。
ファーストインプレッションは吉本ばななのキッチンだった。その次は浅田次郎の天切り松闇がたりだったし、その次はジュノ・ディアスのオスカー・ワオの短く凄まじい人生だった。そしてこの本である。

円城塔 「Self-Reference ENGINE」

ハヤカワ公式サイト 
https://www.hayakawa-online.co.jp/produc...
作家のページもあった。
https://prizesworld.com/akutagawa/jugun/...


SFを知らなかった私が初めて手に取ったSF本である。
あらすじはハヤカワサイトより引用


彼女のこめかみには弾丸が埋まっていて、我が家に伝わる箱は、どこかの方向に毎年一度だけ倒される。老教授の最終講義は鯰文書の謎を解き明かし、床下からは大量のフロイトが出現する。そして小さく白い可憐な靴下は異形の巨大石像へと挑みかかり、僕らは反乱を起こした時間のなか、あてのない冒険へと歩みを進める――軽々とジャンルを越境し続ける著者による驚異のデビュー作、2篇の増補を加えて待望の文庫化!


つまり、ラブコメである。
ラブコメである。
そうか?まあそうである。



連作短編集のような仕上がりで、話が最初は無秩序に見えるのだが次第につながっていき、あるカルタシスに到達する。その瞬間がえらく気持ちよかったことを覚えている。冗句みたいな文体で紡がれていき、それが癖になる。登場人物は魅力的で意味不明だ。で、とりあえずこれはラブコメなのである。SFって面白いんだなと思った。
で、結構巨大な何か、得体のしれない空間へ行っているのに、不意に俗世に戻ってくる。この辺は、稚気のような気もするし、まだ作者が円熟してないというか、結構テレとか恥のような未熟さで、それが全体を結果的に青春ものに押し上げており、それが計算づくなのかはよくわからない。混沌と秩序というより、なんというか、結構悪ノリしてない?みたいな感じの小説である。基本的には膨大な専門知識と教養に裏付けされているのだが、文章がいたって平坦というか読みやすいので、気が付けばどんどん読んでいるし、読み終わるという感じだ。
とにかく、いい本なのである。表紙もかっこいいしね。ハヤカワなので、装丁や文体、紙質もきちっとしている。

で、このほかにSFを読んでいると、この本が特殊なのか?と思っていたのだが、SFって基本ふざけている(読んでる本が偏っている)ので、人が怪談を読みホラーを楽しむように、SFはいまだ存在しない世界を、まじめったらしく語っている。妖怪ではなく、テクノロジーに変わっただけである。また私がファンタジーはそんなに得意ではないのは、妖精が身近ではないからで、パソコンとかスマホは身近なので、SFは親しみやすかった。最も、いくつもの本を読破しているわけではないので、個人の好み・主観の話なのだが、SFって面白いなと今でも思っている。

その入り口がこの本でよかったと思う。
万人向けかといわれると、人によるしかないのだが、ちょっと読んでみようと思ったときには基本短編だし、読みやすいので私は良い本だとおすすめしておきます。ちなみにこの本に影響された別作者のインスパイア本も堂々出版されてたりする。仲良しだな。


#本

雑記,語り